透見と小鬼とそれから……? その2  いつかと同じように透見に手を引かれ、気配を殺しながらその場を離れる。屋敷の場所が見つからない よう用心しながら、最短の距離ではなく遠回りしながら歩く。  みんなと小鬼達が闘っている場所からかなり離れてからやっと、透見は立ち止まり、わたしの手を 放した。 「……」  いつもだったら安全な場所に着いたらすぐに声をかけてくれる透見が、何も言わない。  そういえば、どんな時でも優しい笑みを絶やさずわたしに向けてくれていたのに、逃げている途中も それがなかった。無表情……ううん、少し苦しそうな顔をしたまま、わたしの方に視線を向けてくれな かった。  もしかして、と考えさっきの小鬼の事ばかり気になってた自分が悔やまれる。 「透見、どこか怪我してるの?」  さっきの乱戦でどこか小鬼にやられてしまったのかもしれない。  だけど、心配になって伸ばしたわたしの手を透見は拒否するように首を振った。 「いいえ。私は怪我などしておりません」  でも、と言いかけたわたしに、透見は勢いよく頭を下げた。 「申し訳ありません姫君。私の失態です。第一に姫君の安全を考え、守りの魔術を掛けるべきでした のに……」  苦しげに、透見が言う。 「そもそも神社を出る前に術を掛け直すべきだったのです。そうすれば小鬼に見つかって姫君を危険な 目に遭わせる事もなかった」  下唇を噛み、辛そうに透見が呟く。 「え? や、透見は悪くないよ? 小鬼がいつ襲ってくるかなんて誰も分かんないんだし、透見は 一所懸命闘ってくれてたじゃん?」  そう言って慰めようとしたけど、透見は頑なに首を横に振る。そんな透見の姿に、ちょっとキュンと してしまった。なんていうか、わたしの事でそこまで落ち込んでくれる事が、なんとも嬉しい。  けどだからって、ううんだからこそ、彼を落ち込んだままにさせておくのは可哀想だ。  現実のわたしなら絶対にこんな事はしない。しないけどこれは夢の中の事だから。  わたしはすっと手を伸ばし、彼の背中へと手をまわした。  驚いたように透見の体が固くなるのが分かった。けど、決して逃げようとはしなかったので、 わたしはそのまま優しく、彼を抱きしめる。 「大丈夫だよ。わたしはみんなに、透見に守られて、この通りちゃんと無事だったんだよ?」  ゆっくりと彼の背中を撫でると幾分彼の体から力が抜けるのを感じた。  少しは気持ち、落ち着いてくれたかな? だといいんだけど。  ほんの少しほっとして、ふと透見の背中の広さに気づいた。いつも優しげににこにこ笑ってるし、 外見的にもどちらかというと中性的で剛毅のように『男』って感じじゃないもんだから、ちょっと 意外に思ってしまった。  透見もしっかり男の子なんだ。  〈唯一の人〉候補に選んどきながら今更そんな風に思うのも失礼な話かもしれないけど、なんか ドキドキしてきた。  それに気づいたのか透見がふと顔を上げ、そっとわたしを引き離す。 「すみません姫君。恥ずかしいところをお見せして……」  ほんのり頬を染めて、でも少し笑顔も取り戻して透見が言う。 「ううん。人間誰しも後悔する事や落ち込む事はあるよ。けど、必要以上に自分のせいだって思う事も ないんだよ」  わたしもにこりと笑って透見を見る。……というか、半分ニヤケてたかもしれない。だって、透見 かわいいんだもん。  そんなわたしに気づいたのか、正気に返ったように透見はぱっと背を正した。 「姫君に気を使わせてしまって……。申し訳ありません」 「いやいや。だから、いつも気を使ってもらってるのはわたしの方なんだし……。えーとまあ、 とにかく、そろそろ帰ろうか?」  このまま話を続けると不毛なやりとりをしそうな気がして提案する。透見もちょっとは浮上して くれたみたいだし、考えてみれば今、小鬼に追われている最中だし。 「そうですね。では、少し遠回りになりますが、こちらの道から……」  透見も同じように気づいたのか、いつもの笑顔に戻ってわたしを安全と思われる道へと導いてくれた。  遠回りの道、小鬼に見つからないよう出来るだけ静かに透見と二人で歩く。 「みんな、大丈夫かな」  あれだけわらわらと小鬼がいる中にみんなを残してきた事を思うと、やっぱり気になる。無事だと いいんだけど。 「そうですね。今は皆を信じて私達は行きましょう」  そう言って透見が手を差し出す。あまりに自然なその行為に、わたしも意識せずその手を取った。  曲がり角を曲がると、ふと児童公園が目に入った。以前剛毅に案内されてブランコに乗ったあの公園。  先日は誰もいなかったけれど、今日は少年がひとり、なんだか淋しそうにブランコをこいでいる。  ふと、キャップを目深に被ったその少年がこちらを見た。するとまるで、叱られるのを恐れる子供が 親に見つかって逃げ出すように、その少年はブランコから飛び降り、駆け出した。 「え? 待って!」  無意識に透見から手を離し、その少年に声を掛け追いかけた。少年はまさか声を掛けられるとは 思わなかったのか、驚き足を止め、戸惑っているようだった。 「姫君?」  追いかけてきてくれた透見と一緒に、少年の方へと向かう。  どうして少年に声を掛けたのか、自分でも分からなかった。けど、なんかほっとけなくて。 「来ちゃダメ」  もう少しで少年の前に着くところで、少年がかすれた声を出した。うつむいたその顔は、帽子に 隠れて見えない。 「どうして?」  問いかけると少年は首を振ってこう言った。 「ごめんなさい」  その声は泣いているようだった。それがどうしても気になって、何故だか胸が苦しくて少年へと 近づく。 「ダメ!」  少年はそう言うとくるりと向きを変え、全力で走り出した。その拍子に被っていたキャップが落ち、 鮮やかな赤毛がわたしの目に飛び込んでくる。  小鬼と同じ色の、赤い髪。 「姫君!」  透見もそれに気づき、わたしの腕を引き庇うように前に出た。けれど少年は何をする事もなく、 そのままどこかへと駆けて行った。  どういう事だろう。今の少年は、なんだったんだろう。 「透見、今のって小鬼じゃあ、なかったよね?」  今まで見てきた小鬼達は、みんな小さな子供の様な姿をしていた。幼稚園か小学校に上がったばかり くらいの年齢の姿だった。だけど今の少年は小学校高学年か、がんばって中学一年生くらいの男の子 だった。  それに今まで小鬼達はみんな、わたしを見つけるとわたしをどこかへ連れて行こうとしていた。 たぶん、空鬼の親玉の所に。  だけどあの子は、わたしを見た途端、逃げ出した。来ちゃダメって言った。 「……小鬼、ではないと思います。先程彼は声を掛ける前に貴女に気づきました。小鬼なら気づく筈は ないのです。小鬼から姿を見えなくする魔術はまだ掛かっていますから」  そうだった。まだ魔術は掛かってるし、あの子が逃げ出す前までは出来るだけ気配も消して行動 してた筈だ。 「てことは、たまたまよく似た髪の色をした男の子だっただけだよね?」  そう自分で言いつつも、引っかかっていた。なんでわたしはあの子が気になったのか。なんで あの子はダメって言って逃げたのか。 「……絶対にない、とは言えませんが、この島の人間は伝承のおかげで〈空飛ぶ赤鬼〉と同じ赤毛を 好みません。あの色をして生まれてきた子供の話は聞いた事がありませんし、あの色に染める者も 皆無と言って良いでしょう」  考え込むように透見は呟き、それからわたしの手を取った。 「ともかく屋敷に戻りましょう。話はそれからです」 「あ、うん。そうだね」  剛毅たちは今も小鬼と闘ってるかもしれないんだし、もしかしたら小鬼がわたし達を追って探してる かもしれない。さっきの少年が何であろうと、とにかく安全な場所に行くべきよね。  わたしは透見に手を引かれるまま、出来るだけ物音を立てないよう歩き、屋敷へと向かった。

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