透見と小鬼とそれから……? その3  屋敷へとたどり着き、扉を閉めてようやく息をつく。それから中を見回してまだ誰も帰って来てない 事に気がついた。 「剛毅たち、まだ闘ってんのかな……」  今日の小鬼は数が多かった。棗ちゃんはみんないるからすぐに終わるって言ってたけど、途中で 透見も抜けたし、もしかしたら小鬼の方は数が更に増えちゃってるかもしれない。  そう思うとなんか、ますます皆の事が心配になってきた。 「姫君、そんな不安気な顔をしなくても大丈夫です。皆じきに戻って来ますから」  わたしを安心させるように微笑んで透見は言ってくれるけど、でもいつも賑やかな屋敷が静かだと、 心配になる。 「ね、透見。わたしは無事ここまで帰って来れたから、透見はみんなの加勢に行ってあげた方が いいんじゃないかな。何も出来ないわたしがこんな事言うのも悪い気がするけど……。苦戦してたら 一人でも多い方が良いんじゃ……」  しかし透見はわたしの言葉に首を振る。 「いいえ。確かに建物の中、特にこの屋敷は外より安全ではありますが、完全にという訳ではない のです。誰かが姫君の傍についていなければ。万が一という事もありますから」  ああ、そうだった。もし戒夜がこの場にいたら、「普段その為に棗が隣の部屋で待機している事を もう忘れたのか」って怒られるところだった。  しょぼんとするわたしに透見が優しい言葉をかけてくれる。 「姫君の優しい気持ちは嬉しいです。けれど我々は姫君の為にいるのですからご心配なさらないで 下さい」 「うん。でもわたしに出来る事ってみんなを心配する事くらいだから」  なんとか笑顔を作ろうとしたら苦笑みたいになっちゃった。けどうん、わたしが落ち込んでも 何にもならないよね。  気合いを入れる為、両手でパンと頬を叩く。その勢いがあまりにすごかったからか、透見が びっくり目になった。 「姫君? 何を……」 「ああ、ごめん。気分変えようと思って。あ、音は大きかったけど心配する程痛くはないから」  にこり。今度はちゃんと笑顔で透見に言えた。  みんなが帰って来たのはそれから少ししてからだった。 「遅いから心配したんだよ〜」  ざっとみんなの様子を確認してみる。みんな特にこれといった大きな怪我は無いようなんで、 ホッとした。 「ごめんごめん。心配かけちゃったね?」  ペロリと舌を出し、園比が笑う。 「姫様こそご無事でなによりです」  飛んで来た棗ちゃんはわたしを上から下まで見回した後、ほっとした笑顔でそう言ってくれた。 「うん。みんなのおかげで大丈夫だったよ。それでね……」  あの少年の事を言いかけて、ふと剛毅が浮かない顔をしている事に気がついた。 「どうしたの? 剛毅。もしかしてどこか怪我した?」  ぱっと見、怪我してないように見えたんで安心してたけど、もしかしたら服の下に打撲とか骨折とか 分かりづらい怪我をしているのかもしれない。  びっくりして剛毅に駆け寄ろうとしたわたしを、戒夜が止めた。 「姫。心配はいりません。剛毅は怪我などしていない」  いつもの冷静な口調で戒夜が言う。だけど、いつも朗らかな剛毅がこんな風に顔を曇らせてたら、 心配にもなるよね。 「姫さん、オレ……」  剛毅が暗い顔をして、ポツリと口を開いた。 「すみません。オレ、守護者の資格、ないです」  突然の言葉にびっくりする。 「どど、どうしたの? なんで急にそんな事……」  ついさっきまでわたしの事守ってくれてたのに、なんで急に?  だけど剛毅はそれきり口を開こうとしない。見かねた戒夜がため息をつきながら渋い顔で口を開いた。 「剛毅は先程の事を気にしているのですよ、姫。敵にはじかれたとはいえ、剛毅のナイフが貴女を 傷つけるところだった。それが許せないのです」 「そんな……」  戒夜の言葉に耳を疑い、剛毅を見る。けれど剛毅はそれを肯定するように俯いたままだ。 「そんなので辞めるなんて言わないで。誰にだって失敗なんてあるし、あれは小鬼が弾いたせい でしょ? 剛毅のせいなんかじゃないじゃん」  剛毅の所まで行き、顔を覗き込む。でも剛毅はすっと顔を背けた。  そこへ透見がやって来て、いつもの優しい笑顔のまま口を開いた。 「それならば剛毅さん。私も守り手である事を辞めなくてはなりません。……神社を出た時に姫君に 魔術をかけていれば小鬼に見つかる事はなかったのですから」  さっきの思いが還ってきたのか、透見までが苦い顔をしてそんな事を言い出す。 「だからそれは……」  もう一度わたしが二人に「気に病む事はない」と言おうとしたら、透見は笑顔で頷いてくれた。 「ええ。姫君は私のせいではないと言って下さいました。そして剛毅さん、貴方も」  だから守護者を辞めるなんて言ってはいけない、と言っているようだった。 「そうだよ。それに剛毅が抜けたらますますこっちが不利になるじゃん。小鬼めちゃくちゃいるのにさ」  園比の言葉に戒夜も頷く。 「失敗を悔やむなら、これまで以上に姫を守る事で取り戻せ。それが我々の選んだ道だったろう?」 「そうね。今更辞めるなんて言っても辞められるものじゃないでしょう? 同じミスは繰り返さない。 それでいいじゃない」  棗ちゃんもそう言って剛毅の肩をポンと叩いた。  結局、剛毅は守護者を辞めるってのは撤回したものの、落ち込んだままだったのが気になって、 すっかり公園で会った少年の事は頭から抜け落ちてしまった。  その日の夜、寝室にノックの音と共に棗ちゃんがやって来た。 「姫様、よろしいですか?」 「はい、どうぞ」  入ってきた棗ちゃんの手には、ティーポットやクッキーの乗ったお盆。 「今日はお疲れでしたから、甘いのもをと思いまして」  棗ちゃんの心遣いが嬉しい。 「いつもありがとう、棗ちゃん」  わたしがお礼を言うと嬉しそうに棗ちゃんも笑った。そしてこの間のように二人してベッドに座って それらを食べる。 「ねぇ、姫様」  しばらく世間話をした後、ふと棗ちゃんが切り出した。 「差し出がましいかもしれませんが、その……やっぱり透見が候補だってみんなに言っても良いんじゃ ないでしょうか」  棗ちゃんの言葉に思わず飲みかけていた紅茶をゴクリと音を立てて飲み込んでしまった。 「ど、どうして?」  動揺しまくり状態で聞き返してしまう。 「みんな仲間ですし、いつまでも隠しておくのは心苦しいと思いまして」  棗ちゃんの言葉を聞いて、みんなの絆の深さを感じた。やっぱり幼馴染みだから大きな隠し事とか したくないんだろうな。 「けどまだ確定してないし、反発とか出ないかなぁ……」  完全に透見って決めて名乗ってしまえば皆も納得するしかないだろうけど、未だ決めきれずにいる わたしがいる。……優柔不断だよね、わたし。 「そうですね……。園比あたりちょっと文句言いそうですけど、でも最終的に分かってくれると 思いますよ」  真面目な顔して棗ちゃんはうんと頷いた。 「だから、言っちゃいましょうよ。そしたら変な作戦練らなくても姫様と透見の二人で出掛けられ ますし〈唯一の人〉かどうかの確認もしやすいんじゃないかって思うんです」  確かに棗ちゃんの言う通りかも。透見と二人になる理由考えるのも大変だもんね。 「そうだね。じゃあ、明日の朝食の席で言おうか。棗ちゃん、悪いけど万が一の時はフォロー よろしくね」 「まかせて下さい。園比がごねてもなんとか言いくるめちゃいますから」  にっこり笑って棗ちゃんが言う。心強いなぁ。  その後はまた二人で少し他愛のない話をして、棗ちゃんは自分の部屋へと帰って行った。といっても すぐ隣りなんだけど。  そうして一人になったわたしは布団に入って横になる。布団はもちろん、こんな豪華な洋風ベッドに 似合わないわたしの布団のままだ。  現実と変わらない寝心地に、『そうだよね。早く透見って決めちゃってラブイベント見なきゃだよね』 と思った。  暢気にしてたらいつか朝が来る。夢から覚めなきゃいけない時間になってしまう。せっかくだから どうにかラブエンドまでみたいよね。  そう思いながらわたしは夢の中で眠りに落ちた。

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