お膳立ては嬉しいけどやりすぎはちょっと困ります その2  自分の部屋と言われて透見はほんの少し戸惑っていたけど、「そうですね、女性の部屋に押し掛ける わけにはいきませんから」と言って了承してくれた。  棗ちゃんに透見の部屋にお茶を頼んで、二人して彼の部屋へと向かう。 「姫君をお招きするとは思ってもいなかったのであまり片づいていませんが、どうぞ」  そう言って通された部屋は『すごい』の一言だった。  右の壁も左の壁も正面の壁も、そして今入って来たドアの付いている壁さえ一面の本棚。もちろん 本がぎっしりと詰まっている。 「凄いね。これ、全部透見の本?」  まるで小さな図書館と言えそうな部屋。というか、これだけあれば充分図書室だよね。 「あ、いえ。元々この屋敷にあった本がほとんどです。私の本も中にはありますが、ほんの少しです。 読まない本は実家においてきましたし」  いつもの透見の笑顔が戻ってきた。その優しい笑みにわたしは安心する。 「そういえばみんな、ここ以外に実家があるんだったよね」  思い出し、尋ねる。みんなわたしを守る為にここに移り住んでくれてるんだった。 「ここから近いの?」  なんとなく訊いてみる。この屋敷は住宅街の一番奥あたりに建っているけど、住宅街の中は中。 もしかしたら同じ住宅街に実家があってもおかしくはない。 「そうですね、そんなに遠くはありませんよ。……歩いて三十分くらいでしょうか」  透見の言葉にちょっとがっかりする。歩いて五分くらいの場所なら実家の方の部屋も見せてって 言おうかと思ったけど、外出はダメって言われてる時に歩いて三十分は無理だろう。 「そっか、残念。その内機会があったら遊びに行っていい?」  わたしの言葉に透見はびっくりしたようだった。 「良いですが、普通の家ですよ?」  この屋敷ほど立派じゃないって言いたいんだろう。けど。 「それ言ったらウチだって、普通通り越してボロ屋だから」  あははと笑って言う。夢の中に現実持ち込まなくてもと思う反面、変に見栄を張って嘘をつくのも なぁ、と思ってしまった。 「またまたご謙遜を」 「いや、本当に。……本当のわたしは透見が憧れるような姫君とは程遠いから……」  言ってて落ち込んできた。せっかくの夢なのに!  ぶるぶると頭を振り、気持ちを切り替える。 「えーと、この屋敷のこの部屋を選んだって事は透見、本が好きなんだね」  話題を変え、にこりと笑う。すると透見もにこりと笑った。 「はい。本は好きですよ。しかしそれだけの理由でこの部屋を選んだのではありません」 「え? そうなの?」  驚くわたしに透見は古い本棚を仰ぎ見た。 「元々この部屋は代々の姫君を召還した魔術師達の残した書物やなんかを納めた部屋だったのです。 ですから召還魔法を教わる時もこの部屋で勉強したりもしたので、私には馴染み深い部屋だったのです」  だからこの部屋を選んだのか。  言われてみれば本棚の中には新しい本もあるけどそうとう古い本もあった。背表紙を見ただけじゃ そこまで判別出来ないけれど、この間図書館で透見が読んでた古文書と同じようなものもあるんじゃ ないだろうか。 「なんかもしかして図書館なんか行かなくてもこの部屋で調べ物事足りたかも……?」  わたしの呟きに透見は一瞬疑問符を浮かべたけれど、すぐに笑顔で首を振った。 「いえ、ここにある物は魔術関係がメインで〈唯一の人〉に関して記述してある物は極わずかなんです。 ですからどちらかと言うと、空鬼に対抗する為の魔術などや空鬼とどう戦ったか等を書いた物の方が 多いですね」 「へぇ」  つまり図書館にあるのは歴史書みたいなもので、ここにあるのは実践的な教本みたいなやつなのかな。 「ちなみに剛毅さんや園比さんもここの魔術書を見て自分に合った武器を出す魔術を会得されたん ですよ」  透見の言葉に前からちょっと気になっていた疑問が解けた。  やっぱり魔術だったんだ。剛毅のナイフはともかく園比の大剣なんてほんと『どこから出したの?』 って思ってたもん。 「けどそっか。ここの人ってみんな魔術が使える可能性があるんだ」  そう考えるとみんなが協力すれば小鬼なんてすぐ排除出来ちゃうんじゃないかな。  そんなわたしの呟きに、不思議そうに透見が言う。 「? 姫君も学べば使えるようになりますよ。もっとも我々がお守りしますのでその必要は ありませんが」  いやいや、わたしは無理。夢だから使えるようになる可能性はあるんだろうけど、頭の硬くなった おばさんには、夢の中でもそんな非現実的な事を自分が出来るとは思えない。  あははと曖昧に笑って誤魔化してると、コンコンコンとノックの音がして棗ちゃんが入って来た。 「失礼します。まあ、透見ったら姫様を立たせたままで」  お茶を持ってきた棗ちゃんがわたし達を見てあきれたように言った。 「ああ、そうですね。えーと……こちらへどうぞ」  元々人を招くための部屋じゃないせいか椅子は書斎机用の一脚しかなく、それをわたしに勧めて くれる。 「ありがとう。でも……」 「透見はどこに座るつもりなの?」  戸惑うわたしの心の声を棗ちゃんが代弁してくれる。 「私は……そうですね。このまま立っていても平気です」 「あら、立ったままお茶を飲むなんてお行儀悪いわよ」  優しい笑みを浮かべる透見に棗ちゃんはピシリと言う。 「ではあちらのベッドに腰掛けて……」  一面の本棚、と思っていた壁の隅がよく見ると人が通れるくらい空いている。あの向こう側に ベッドを置いているのだろう。 「椅子をあちらに持っていけば問題ないでしょう」 「ああ、それは良いわね」  そう言うと透見は椅子を移動し始めた。棗ちゃんもお茶の乗ったお盆を持ってその後をついて行く。  本棚の裏側はベッドとタンスがあるだけの空間だった。  透見がベッドの横に椅子を置くと、棗ちゃんはその椅子の上にお盆をトンと置いた。 「棗さん……?」  わたしをその椅子に座らせるつもりだった透見は驚いたように棗ちゃんを見た。 「二人はベッドに座れば良いでしょう? お茶をベッドの上に置いたら危ないし、かと言って机は 向こう側じゃない」  にっこり笑って棗ちゃんはわたし達にベッドに並んで座るよう促す。  いやいやいや。女の子同士なら何の問題もないんだけど。今のわたし達にそれは、ちょっと 意識しすぎる。透見はどうか分かんないけど、少なくともわたしはする。  いいおばさんが何純情ぶってんの、と言われるかもしれないけど、自分でも真っ赤になってるのが 分かる。ちらりと透見を見ると、困ったように笑っていた。 「ほら、座って。お茶が冷めちゃいます」  にこにこ笑う棗ちゃんに押され、ちょこんとベッドの端に座る。 「ほら、透見も」  言われて透見もあきらめたように小さく息をついた。 「では失礼いたします、姫君」  そう言って座る透見の姿を見ていると、彼自身はそこまで意識してないようだ。どっちかって言うと、 意識しすぎているわたしを気にしているみたい。  ううう、情けない。けどおばさんだろうと何だろうと意識するものは意識するんだもん。  そんなこんなでモジモジしている間に棗ちゃんがちゃきちゃきティーカップにお茶を注いでくれる。 ふわりと甘い、ちょっと変わった香りが漂ってきた途端、透見の顔から笑顔が消えた。 「棗さん。これではなく別のお茶を。ハーブティーではなく紅茶を入れて下さい」  ヒヤリと冷たい声で透見が言う。どうしたのかな。 「変わった香りと思ったら、ハーブティーだったんだね。透見、嫌いなの?」  ハーブティーはわたしも好きなのと嫌いなのがある。ミントティーとかは実は苦手。でも カモミールティーとかは一時期好んで飲んでた時期がある。 「ハーブ全般が嫌いなわけではないのですが、このお茶はお勧め出来ません」  にこりとわたしに笑いかけてくれたけど、その後ちらりと棗ちゃんを見たその眼が、すごく鋭い。 透見、怒ってる? 棗ちゃん透見が嫌いなの知っててこのお茶入れてきたとか?  さすがに棗ちゃんも感じ取ったのか、すまなさそうに肩をすくませた。 「ごめん。やりすぎだったわ。ロイヤルミルクティーでいい?」  お茶を入れたお盆を持ち上げそう訊く。 「あ、わたしミルクティーよりストレートが良い……な」  つい言ってしまう。コーヒーはミルクたっぷりが好きなんだけど、紅茶はどうもミルクが入ると 苦手なもんで。 「分かりました。ではすぐに入れ直して来ますね」  そう言って棗ちゃんはパタパタと出て行った。そんな彼女の背を見送りながら透見は深くため息を ついた。

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