今度は透見と美術館デート? その2  まさかと思いつつ、けど他に透見があんな態度をとる理由が思いつかない。  けど、なんで永嶋さんに? 永嶋さん普通に案内してくれてるだけだよね? 初めて会った人だし、 別に園比みたいにベタベタ触ってくるわけでもないし……。  そう考えててひとつの可能性に気づいた。もしかして永嶋さん、隠しキャラ?  そう考えると透見のヤキモチも頷ける気がした。攻略キャラの野生の勘(?)でライバルって直感して 牽制してる。たぶんそんな感じ。  ……もちろんまだ本当にそうかは分かんないんだけど。  でもそうだとしたら、永嶋さんがどんな人なのか気になる。やってたゲームではこんな人出て なかったと思うんだけど、まだやってない先のほうで出る予定のキャラなのかな? あ、でもこれ わたしの見てる夢なんだから、まだ見てないキャラをわたしが知ってるわけないしなぁ。……て事は 完全わたしの脳内産物なのかな。 「姫君はどう思われますか?」  声をかけられ我に返った。いけないいけない。全然説明聞いてなかったよ。  顔を上げると透見と永嶋さんがじっとわたしを見ている。 「あはは。…ごめん、ちょっとよそ事考えてた」  話聞いてなかったから何をどう答えれば良いのかも分からず正直に言ってみた。 「何か気になる事でも?」  見ている絵に関して何か気づいた事でもあったのだろうかと言わんばかりに透見が真剣な顔をして わたしを見ている。 「ああ、ううん。そうじゃなくて。で、もう一度話してもらえるかな」  誤魔化すわたしに応えるように永嶋さんが一枚の絵を指さした。 「こちらは個人宅から美術館に寄付されたもので〈救いの姫〉と言い伝えられてきたものです」  それは一幅の掛け軸で、ひとりの女性の後ろ姿と少し離れた所に男性の姿が描かれている日本画だった。 「てことはこっちは〈唯一の人〉?」  後ろ姿の女性の見つめる先にその男性は描かれている。だけどこちらを向いて女性を見ている筈の 男性の顔の部分には何故か大きなシミが出来、元の絵が判別出来なくなっていた。 「寄付された時の記録を探しても〈救いの姫〉としか書かれておらず、代々伝わっていたお宅に 聞き取りに行っても誰も分からないとの事でした」 「ふうん?」  顔が判別出来ないのはちょっと残念だけど、それは仕様だろう。透見って選んじゃってるのに剛毅に 似た人が描かれでもしたら困るもん。  ああ、でもそうね。透見ってもう選んじゃってるんだから永嶋さんが隠しキャラかも云々は考えまい。  そんな事考えてたら透見が静かな声で言った。 「ここに描かれているのは空鬼という可能性もあるのです」 「え?」  透見の言葉にもう一度その絵を見る。〈唯一の人〉だろうって思うくらいだから描かれているのは 大人の男性。子供の姿はしていない。 「空鬼…一番のボスが描かれてるってコト?」  言われてみればさっきは見つめているって思ったけど、睨んでいるともとれなくない。なんせこの 絵の〈救いの姫〉は後ろ姿なんだから表情なんて分からない。  そしてもちろん、顔の部分にシミが出来ているその男の人の表情も分からない。笑っているのか、 怒っているのか。 「もちろん〈唯一の人〉が描かれている可能性は否めません。しかしご覧下さい」  透見が指さしたのはシミで判別出来ない男の人の頭だった。 「髪の色が赤く見えませんか?」  言われてみれば赤毛っぽくも見える。 「シミや日焼けで変色したとも考えられますが、はっきりした事は分からないのです」  永嶋さんが申し訳なさそうに言う。 「姫君はどちらだと思われますか?」  透見の問いにその絵をじっと見た。 「わたしは……」  考えつつ、口にする。 「これは〈唯一の人〉だと思う。確かに赤色っぽく見えるけど、この絵の構図の男女は敵対して いる様には見えない」  敵対している二人なら互いにもっと身構えてるんじゃないだろうか。そう考えるとやっぱり最初に 感じたようにお互い見つめあってるように見える。  ただ、分からないのは〈救いの姫〉と〈唯一の人〉が恋人同士と考えるならこの距離は、なんだろう。 「そうですね、私も変色したのだろうと思います。もしくは上に塗られていた絵の具が剥がれて しまったか……」  永嶋さんが頷きながら言った。 「この絵の作者がどんな時にどういう意図で描いたのかが分かれば良いのですが……」  透見が永嶋さんに尋ねるように言った。 「残念ながら……。寄贈して下さった方の家には一切詳しい事は伝わってないそうなのですよ」  申し訳なさそうに、永嶋さん。〈唯一の人〉か空鬼かの記録さえ残ってないんだもん。作者がどんな 意味を込めてこの絵を描いたかなんて分かるわけないよね。  じっと絵を見る。少し離れた場所で見つめあう男女。 「もしかしたら……」  ぽっと浮かんだ事を何の気なしに言う。 「〈救いの姫〉と〈唯一の人〉の別れの場面を描いたのかもしれないね」 「え……?」  すごく驚いた様に透見がわたしを見た。 「二人が別れるなどありえませんっ」  今までにない勢いで怒っているような、すがるような感じで叫ぶ。  これまで透見に反論されたり怒鳴ったりされた覚えなかったんで、びっくりした。透見もそれに 気づき慌てて頭を下げる。 「申し訳ありません。姫君を驚かせてしまい……」 「あ、ううん。びっくりはしたけど大丈夫」  透見は〈救いの姫〉や〈唯一の人〉に本当に心酔してるんだろうなぁ。そう思ったのと同時に もしかしたら誤解させちゃったのかも、と気づいた。 「もしかして言い方悪かったかな。別れってのは恋人じゃなくなるって意味じゃなくて……空鬼退治が 終わった後、〈救いの姫〉が元の世界に帰る場面を描いたのかなって……」  言いながらあれ? と思った。  空鬼退治して元の世界に帰るって事は、〈唯一の人〉と会えなくなるって事で、それってもしや バッドエンドじゃん? この絵はバッドエンドのスチルですか。 「帰…られるのですか……?」  わたしの言葉に透見が言葉を詰まらせ、言う。 「それはそうでしょう。〈救いの姫〉はこの世界の住人ではないのですから」  永嶋さんが当然でしょうと言わんばかりに頷く。だけど透見はそんなこと考えた事もなかったって 顔してショックを隠しきれないようだった。  これってもしかして、透見が〈唯一の人〉として覚醒しつつあるのかな? 少しはわたしの事好きに なってくれていて帰ってほしくないって思ってるのかな?  そうだったら嬉しい。やっぱりバッドエンドはやだもんね。  だから透見の瞳をしっかり見て、言う。 「確かにわたしはこの世界の人間じゃあないけど、元の世界に帰るかどうかは〈唯一の人〉次第だと 思う。〈唯一の人〉が傍にいる事を望んでくれるなら、この世界に残るっていう選択もあると思うよ」 「そう…なのですか?」  透見もじっとわたしを見つめる。…なんか照れる……。  そんなわたし達に呆れるように永嶋さんが咳払いする。 「〈救いの姫〉は元の世界に帰るものだと私は思っていますが。でないと次の空飛ぶ赤鬼の来襲時、 〈救いの姫〉の召還が叶わなくなってしまうのではありませんか?」  永嶋さんのこの言葉に、ちらっと考えてた彼が隠しキャラかも、という考えがわたしの中で無くなった。  この永嶋さんの台詞は、島の未来は考えてるんだろうけどわたしの気持ちは考えてくれてない。 もちろん最初の内は気に入らないことを言うキャラがストーリーが進むにつれて変化してくるってのも ありなんだけど。でも今回は戒夜もそれに近いタイプだし、今更嫌な事を言う永嶋さんを好きになる なんてないなって思った。  だから、ため息をつき永嶋さんを見た。 「わたしは、〈救いの姫〉としてこの島を救いたいとは思ってる。けどね、わたしは空鬼を倒す為の 道具じゃないんだよ」  初代の〈救いの姫〉がどういう思いでこの島を救ったのかは知らないし、わたしだって出来る範囲の 事はしてあげたい。でもだからって、わたしの気持ちを犠牲にしてまでやってあげなきゃならない義務は ないと思う。  だけど永嶋さんは納得いっていないようだ。 「これまで例外なく〈救いの姫〉は元の世界へ帰られています。つまりそれは帰る事が〈唯一の人〉の 意志なのでは?」 「だからそれは、当代の〈唯一の人〉に聞いてみないとわからないことでしょ?」  ついキツイ口調で反発してしまう。  もしかしたら永嶋さんは透見ルートの障害キャラなのかな。わたしと透見の、障害になるキャラ。  そんなわたしたちの会話を黙って聞いていた透見が、考え込んだ顔で口を開いた。 「私は、姫君に幸せになって欲しいです」  まだ〈唯一の人〉と確定したわけではない透見の精一杯の言葉なんだろう。それでもわたしの事を 考えてくれてるんだと思うと嬉しくてつい笑みが浮かぶ。  けど永嶋さんにとっては意味不明な言葉だったようで。 「誰も貴方の希望など聞いていませんが」  眉をしかめてそう言った。  そんな言い方しなくても、と言いかけ前へと踏み出した時、わたしはうっかり側に立てかけてあった 何かに足を引っかけてしまった。 「永嶋さんこそ、姫君の気持ちを無視しすぎでしょう?」  そんなわたしに気づかず透見は永嶋さんに反論している。そして永嶋さんもこっちに気づいて いなかった。  わたしが足を引っかけちゃったそれは、アンティークなガラスの傘を持ったランプというか、 スタンドライトだった。ガラスの傘の縁取りには金属でうねうねと模様というか飾りが付いている。  そのスタンドがわたしが足を引っかけてしまったせいで、バランスを崩しグラリと揺れる。  あ、と思った時にはその傘の飾りの尖った部分がもろ透見に当たりそうな角度で倒れ始め、無意識に それを止めようと手を出していた。  尖った部分、と言っても刺さる程尖っているわけでもない。飾りの一部としてほんの少し細長く 延びていると言った方が良いのかもしれない。それでも突かれれば、痛い。  そんなランプシェードに手を出したもんだから、やっぱ思いっきり痛かった。しかもガラスが はめ込まれてるから、重いし。 「姫君っ。大丈夫ですか?」  そんなわたしに気づいて透見が青い顔をして慌ててわたしの手の中にあったスタンドライトの ランプシェードを受け取った。 「うん…いたたー。ちょっと痛いかも」  苦笑いしながら、受け取ってくれた透見に「ありがとう」とお礼を言う。  それからちらりと永嶋さんを見ると、彼も青い顔をしていた。  透見が青い顔をしているのはきっと、わたしが怪我をしていないか心配しての事だってのは 分かってた。透見は〈救いの姫〉に心酔してるんだから『怪我なんてとんでもない』と思って るんだろう。  だけど永嶋さんが青い顔をしてるのはきっと意味が違う。そう思ってわたしは慌てて言う。 「あ、すみません。足を引っかけて倒してしまって……。どこも破損はしていないと思うんです けど……」  きっと美術品を心配して青くなってるんだろう。そして思った通り永嶋さんは慌てたように 透見からそれを受け取り言う。 「いえ、そんな所に立てていたこちらも悪かったのです。けれど申し訳ない。一度確認して来ますので、 どうかお二人はそのまま絵をご覧になってて下さい。ただし、触らないで下さいね」  そう言い残すと彼は内線でスタッフを呼び、それを運んで出て行ってしまった。 「貴重な品物だったのかな。壊れてはないと思うけど、悪い事しちゃったな」  静かになった部屋で、苦笑いしながら呟く。すると透見が怒ったように言った。 「どんな高価な物だろうと貴重な品だろうと、姫君より大切なものはありません。あんな物の為に 姫君が身を挺して怪我を負われることなどないんです」  わたしの手を取り赤くなってしまった手のひらを見る。 「物なんかより、姫君の方が大切なんです。ああ、こんなに赤くなって……」 「うんでも、あのままじゃ透見に当たりそうだったから」  確かに美術品も大切だけど、とっさに手が出たのは透見に当たりそうだと思ったからだ。  わたしの言葉に透見は驚いたように目を開いた。 「姫君……」  そして大きく息をつく。 「私の事などどうでも良いのです。姫君、貴女はこの地を救うべく召還された〈救いの姫君〉なの ですよ。御身を大切にされて下さい」  真剣な顔をして透見が言う。その言い分も分かるけど。 「透見の事がどうでも良いわけないでしょ。そりゃあまだ確定じゃないけど透見は〈唯一の人〉かも しれないんだし。それにもし違ってたとしてもわたしの失敗で透見が怪我をするなんてやだよ」  いっきに捲くし立てて透見を見ると、透見の顔がぱっと赤くなった。同時に自分が言った事に 恥ずかしくなり、わたしまで顔が熱くなる。 「そ、それでもやはり気をつけて下さい。私は男ですから多少怪我をしても平気ですが、貴女は 女性なのですから……」  目を逸らし赤い顔をしたまま透見がぽつりと言う。 「うん、ありがとう」  俯きわたしもボソリと呟いた。

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