攻略キャラと二人で食事なら、このイベントは欠かせません その2  美術館の建物を出て、芝生の小道を歩く。まだ美術館の敷地なのだろう、芝生の中のあちこちに ポツポツと野外彫刻が置いてある。 「現代アートって良し悪しは分かんないけど、なんていうか面白いよね」  目が悪いので遠くの物は細かい所は見えないんだけど、それでも大雑把に見てもホント面白い物が多い。 「面白い、ですか?」  わたしの感覚とは違うのか、透見はわたしが言いたい事がよく分からないようだ。 「うん。ほら、あれなんて四角がうにーってなってて、面白くない?」  すぐ近くにある野外彫刻を指さす。正方形の金属が微妙に重なりあいながらひとつの流線形を 作っている。かと思えばカクカクと折れ曲がっていたりもする。  わたしの指さした野外彫刻を見て透見は「ああ」と感嘆の声をあげた。 「姫君は『面白い』と解釈されたんですね。私はあれを『美しい』と思います」  言われてみれば『美しい』とも言える。見る人によって感じ方も違うよね。 「……きっと、透見の心の中には美しいものがいっぱいあるんだろうね」  なんとなくそう思い、口にする。 「あ、でもそれでいくとわたしの心の中は面白いものでいっぱいって事になるか?」  面白いものは好きだけど、わたし自身は面白い人間とは思えない。  そんな事考えてたら透見がふわりと笑みを浮かべた。 「私の心の中で一番美しいものは姫君、貴女です」 「は?」  まさかそんな言葉をもらえるとは思ってもみなかったので、つい素頓狂な声をあげてしまった。 「それって……」  どういう意味? と訊こうとした所で透見がすいと方向を変えた。 「こちらです、姫君」 「あ、うん」  何事も無かったように道案内をする透見に、わたしは尋ねるタイミングを逃してしまった。  けど、頭の中はもやもやしながらその事を考えてしまう。どう考えてもわたしは『美しい』なんて 形容してもらえるような容姿をしていない。百人に美しいか否かと質問して百人とも「否」と答える だろう自信がある。そりゃ冗談でなら言う人もいるかもしれない。けどさっきの透見は冗談を言ってる ようには思えなかった。  そんな透見がそう言ってくれる可能性というか理由について、二つ程思い浮かんだ。ひとつは 〈救いの姫〉を心酔している透見だから、〈救いの姫〉というだけで『美しい』と感じてしまう可能性。 そしてもうひとつは『あばたもえくぼ』と言うように、好きになった人はどんな人だろうと世界で一番に 見えるという『恋の色眼鏡パワー』。  まさかと思いつつ、そうだと良いなとも思う。だって透見は〈唯一の人〉候補だもん。わたしを好きに なってもらわなくちゃ、ベストエンドは見れないもん。 「姫君。どうぞ」  いつの間にか美術館の敷地から出ていたらしい。けど雰囲気的には美術館の続きのような芝生や樹々の 間を抜けた場所に小さな森のレストランっぽいお店が建っていた。  その扉を開け、透見が入るようにとわたしを促す。 「かわいいお店だね……」  なんて言うか、恋人同士で来るにはピッタリなお店。なんかデートっぽくて嬉しい。 「ぜひ姫君と一緒に来たいと思っていたお店です」  透見の台詞にドキリとする。一緒に来たいって思ってくれてるんだ? それってどういう意味で……?  ちらほらとフラグが立ってる雰囲気に心が浮き立つと同時に本当に? 勘違いじゃないの? という 疑念もわく。  ゲームではヒロインが攻略キャラに好かれるのは当たり前だからそれっぽい行動見たらイコール 「ヒロインにほれてるほれてる」ってニヤニヤしちゃうんだけど、都合良くいく筈の明晰夢とはいえ、 基本自分に自信がないもんだから深層心理が働いて、そう見えても単なる勘違いだったってなりそうな 気がして、怖い。 「姫君は何にされますか?」  窓際に座り、メニューを差し出される。オムライスやパスタ等洋食が中心のお店のようだった。 「んー。ちょっと待ってね」  とりあえず一通りメニューを見る。 「どれも美味しそう……」  夢の中のレストランだからか、わたしの好きそうなものばかりがメニューに記載されている。しかも、 とりあえず全部見てみようとページをめくった先にはこれまた美味しそうなデザートの数々。つい、 料理も選んでないのにそちらに目が釘付けになってしまった。  それに気づいた透見がにっこり笑って言ってくれる。 「デザートも好きな物を選んで下さいね」  悪魔の誘惑。  あうう。嬉しいけど、こんなに甘やかされちゃって良いのかしら。  うんでも、夢だもん。ここはベタベタに甘やかされちゃっても良いのかも。  とか思ってたのに選んだ料理は結局リーズナブルなオムライスだった。もちろんオムライスが好きって のもあるんだけど、元々のビンボー症と透見もしくはお店の人にご馳走になるって思うとあまり高い物を 頼む気にはなれなかった。 「にしても透見、よくこんなかわいいお店知ってたね。普段から食べ歩いたりとかしてるの?」  美味しい物を食べるのが趣味の人とかは新しいお店が出来ると細かくチェックするからこういうお店も 知ってるだろう。けど、わたしが透見くらいの年齢だった頃は地元で食べるのはファーストフード ばっかでこういうお洒落なお店なんてちっとも知らなかった。  わたしの質問に透見はゆっくりと首を振った。 「いいえ。普段はあまり外食はしません。このお店は偶然見つけて、いつか大切な人と一緒に来たいと 思っていたのです」  透見の言葉にときめいてしまう。大切な人って、大切な人って、それって……。  自分の都合の良いように取りそうで、取りたくて、でもとことん自分に自信のないわたしは「いやいや。 大切な人って〈救いの姫〉だからでしょ」って言ってて。  でもでも夢だしそれっぽいのこれだけじゃないし、やっぱりキタイ……しても良いのかな?  たぶん赤くなってるわたしに透見はにっこりと笑みを向けてくれる。その優しい笑みに、ますます 期待が高まる。  いつまでも口の利けないわたしに気を使って透見が話しかけてくれる。 「遠慮なさらずにデザートも頼まれて下さいね」  その言葉に先程見たメニューのデザート欄がパパッと頭に思い浮かぶ。どれも美味しそうだったんだ よね……。けど。 「透見は何か頼むの?」 「いえ、私はデザートは……」  ……そうだよね。やっぱり男の子はデザートなんて頼まないよね。まあ最近はスイーツ男子なんてのも いるけど、みんながみんな甘い物が好きな訳じゃないもん。 「じゃあわたしもやめとこうかな。一人で食べるってなんかやだし」  気が引けるってのもあるけど、相手が食べないのに自分だけ頼むって、なんか失礼な気がする。 「ああ、言い方を間違えました。デザートは食べませんが、食後にコーヒーを頼むつもりなので、 姫君はデザートと飲み物を頼まれて下さい」  あああ透見、優しい。わたしが頼みやすいようにそう言ってくれるんだ。ここまで言われて頼まない のはかえって失礼だよね。 「じゃあ、メープルアンドバニラアイスのガレットとコーヒーで」  遠慮なく注文させてもらう。ありがとう透見。  透見も満足そうに微笑んで店員さんに注文を済ませた。  やがてホカホカのオムライスと透見の頼んだビーフシチューがやってくる。オムライスはふわふわ トロトロの黄色い玉子にトマトソースがまわりにかけてある、リーズナブルなのになかなか美味しそうな 一品だ。  透見のビーフシチューもやっぱり美味しそうで牛肉なんかホロホロ崩れそうな程煮込んである。 「いただきます」  手を合わせ、挨拶をしてからスプーンでオムライスをすくう。たまに中のご飯がサフランライス だったりバターライスなんかのオムライスも見かけるけど、ここのは期待通りのケチャップライスだ。 「やっぱりオムライスはケチャップライスだよね」  外のトマトソースとかぶるって言う人もいるかもしれないけど、外側にかかってるのがトマトソース だろうがデミグラスソースだろうが、オムライスといえばケチャップライスだとわたしは思っている。 「姫君はご自分でも作られるのですか?」  唐突に透見に訊かれ、ついわたしは「ははは」と誤魔化し笑いをしてしまった。 「作れないことはないけど……やっぱオムライスは玉子が難しいよね」  薄焼き玉子のにしろ、ふわふわトロトロのにしろ、上に乗せる玉子が成功した事なんて滅多にない。 「そうなんですか? 機会があればぜひ食べてみたいです」  なんだか目をキラキラさせて透見がわたしを見た。  こ、これは…オムライスが好きなの? でもでもそれなら今だって、一緒にオムライス頼むよね。 そうじゃなかったってことはもしかしてわたしの手料理が食べたいって意思表示?  背中を汗がたらりと流れた。若い女の子がオムライスを失敗するのはかわいいし、ご愛敬ですまされる。 けど、「難しい」って言ってるとはいえイイ歳したオバさんがちょっとの失敗ならともかくオムライスを 大失敗ってのは、ちょっと許されないし穴に潜りたくなる、きっと。  でもでもこんな風に目を輝かせて食べたいって言ってくれてるのに「嫌」って無下に断れもしない。 「そうだね、その内ね……」  曖昧に笑ってそう言うしかわたしには術がなかった。  そして透見がそれに返事をする前に慌てて話題を変える。 「ところで透見の食べてるビーフシチューも美味しそうだね」  お肉もホロホロみたいだし、良い香りがこちらまで漂ってきている。 「あ、はい。とても美味しいですよ」  にこりと笑い、透見はビーフシチューをひとすくい。 「食べてみられますか?」  驚いた事に、すっとそのスプーンをわたしの口元へと差し出してきた。 「へ?」  思わず間抜けな声を出してしまった。だってだってこれって……「あーん」しろって意味だよね?  えええええ?  カアッと顔が熱くなる。必死に動揺を隠す。  友達同士だって一口味見とかするじゃない。  そんな風に思って自分を誤魔化して、顔が赤くなるのを懸命に戻す。 「どうぞ?」  透見はというと、にこりと笑ってスプーンを差し出したまま、動こうとしない。  これって透見の天然さ故になせる業なのかしら。それとも少しは恋人らしい事をするつもりで やってる?  透見は余裕のある顔をしてわたしをじっと見ている。  ドキドキしながらわたしは、「あーん」と口を開けた。  これってやっぱりこれってやっぱり、かなり好感度上がってるよね? これまでの透見の行動総合して 考えてみて、たぶんフラグ立っちゃってるよね?  そんな考えが頭の中に渦巻く。  ドキドキしながら食事を終え、デザートタイム。そんな事を考えながらちらりと透見を見ると、透見は いつもの笑みを浮かべてわたしを見ている。  うー。いつもにこにこしてるのは透見の美徳だけども、こういう時は判断しにくいよね……。  けどたぶんイイ線いってる筈。直接「わたしの事好き?」なんて訊く勇気はないけど、思い切って 行動に出てみる事にする。 「透見、甘いもの嫌いじゃなかったよね?」  以前棗ちゃんがチョコレートを持って来てくれた時の事を思い出す。外では食べないかもしれないけど、 屋敷じゃ甘いものも食べてた筈。 「え? はい。嫌いではないですよ」  その言葉にほっとしながら、にっこり笑って目の前のデザートガレットをフォークに乗せる。 「じゃあはい。美味しいよ、このガレット」  メープルシロップのしっかりかかってるそば粉のガレットとバニラアイスをバランス良くフォークに 乗せ、透見の前へと差し出す。そう、さっきの「あーん」のお返し。さっきわたしがかなり意識して 食べたって事は、きっと透見も気づいたよね? そんなわたしが反対に差し出す意味を、透見も分かって くれるだろうから、これで食べてくれたならきっとかなりわたしの事好きになってくれているはず。  ドキドキしながら透見を見ると、彼も頬を赤く染めていた。けど、はにかみながらもにこりと笑って くれた。 「では、いただきます」  そう言ってパクリとわたしのフォークから食べてくれる。  冷静になって考えると、お店の人は『なんだあのバカップルは』と思った事だろう。しかも若い子なら ともかく、イイ歳したオバさんが年下相手にって……。  けどこの時のわたしはそんな事頭の中からすっぽり抜け落ちてて、すっかり舞い上がってしまっていた。  これはもう、うん。透見もわたしの事受け入れてくれる覚悟が出来たって思ってもいいんだよね?  あとは機会を見て名前を教えればいいんだよね?  そんな事、考えてた。

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