1-1

      1   小さな村の村はずれに、その家はあった。木々に囲まれたその家はお世辞にも広いとは言えないけれど、 ひと一人が住むには充分の広さだわ、とエリティラは思っていた。もっとも、数年前までは一人ではなく 祖母と一緒に住んでいたのだけれど。  母親はもっと昔、エリティラがまだ幼い頃に亡くなった。でもその頃の事はあまり覚えていない。 父親についてはどこの誰だかも分からない。 「魔女の家系なんてそんなものさ」  幼い頃祖母にそう言い聞かされていた。なのでエリティラも特に父親についてあれこれ思うことは 無かった。  そう、村はずれに女一人で住んでいるのは、エリティラが魔女だからだ。  けれど彼女は淋しくはなかった。魔女の中には人々に忌み嫌われる者もいるけれど、彼女は村の 人達に嫌われてはいなかったし、それどころか未婚の女性達には人気があるくらいだった。なぜなら 彼女の恋占いは当たると評判だったのだ。  だから毎日のように彼女の元には女の子達が押し寄せていた。中には評判を聞いて遠くの村から やってくる娘たちもいた。当たるというのもあるのだけれど、同年代の女性なので娘たちは相談 しやすかったのだ。  そんな訳でエリティラは淋しいどころか忙しい毎日を送っていた。今日も朝から数人の恋占いを したし、午後一番の客は以前から相談に乗っていたシラグが来ていた。 「ありがとう、エリティラ。あなたのおかげで幸せになれるわ」  本当に嬉しそうにシラグが笑う。 「おめでとう。良かったわ、本当に」  エリティラも彼女の結婚が決まって本当に嬉しかった。自分の占いやアドバイスが役に立つのは 嬉しいし、ほっとする。そう、占いは当たると評判ではあるけれど、それが良い結果になるのかは また別の問題。エリティラは可能なら占いに来る娘たちを良い方向に導いてあげたかったが、いつも うまくいくとは限らない。だけどシラグは本当に良い相手に巡り会えて、少し障害はあったものの この度めでたく結婚が決まった。 「これ、たいしたものじゃないけれど御礼なの、受け取って」  シラグが小さな包みを差し出す。けれどエリティラは微笑んで首を横に振った。 「今日は占いも何もしてないもの、御礼なんて……」  相談に乗っている内に友達のようになっていたが、それでもちゃんと今まで占い料や相談料は その都度もらっていた。これ以上貰うわけにはいかない。  けれどシラグも笑いながらそれをエリティラにぐいと押し付けた。 「いいえ、貰って頂戴。本当にたいした物じゃないし、感謝の気持ちなんだから」  そう言われ、エリティラも笑顔でそれを受け取った。 「ありがとう。中、見てもいい?」  シラグが頷き、エリティラは袋を開けた。中には小さな髪飾りが入っていた。 「まあ、かわいい。でも、私に似合うかしら?」  エリティラは嬉しそうに、その小さな花をかたどった髪飾りを見つめた。  こういったかわいらしいデザインのアクセサリーを見るのは大好きだった。きっとシラグもそれに 気づいてこの髪飾りをくれたのだろう。けれどこの髪飾りを実際につけることはたぶんないわね、と 思った。  エリティラは魔女らしく、黒っぽい衣装に身を包み、化粧も普通の娘の仕方とは違った。 アクセサリーもかわいらしいタイプの物ではない。普通の村娘と同じ格好をしていたのでは魔女は 勤まらない。  そんなエリティラの思いに気づいたようにシラグが笑いかける。 「たまには自分が魔女だということを忘れてもいいんじゃない? きっと素顔のエリティラに、似合うと 思うわ」  そんな彼女の嬉しい言葉に、エリティラは少し頬を染めた。  いつかこの毒々しい化粧を落としてこの髪飾りをつける日が来るのかしら。  けれどそんな日が来るとはとうてい思えなかった。

一覧へ 次のページへ


inserted by FC2 system