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 その日からアルトワースは毎日同じ時間にエリティラの家へとやってくるようになった。  先客がある時はそちらが帰るまで待ってくれてはいたのだが、こう毎日だとエリティラのほうが アルトワースが来ている事が気になり占いどころではない。  いいかげん営業妨害だわ。  初めて会った日にちゃんと話を聞いてあげれば良かったなんて思ったことを今では後悔していた。 話を聞いても魔法を教えろの一点張りなのだ。  もしかして恋に不器用な人なのかしらなんて勝手に思ったりしたけど、とんでもない。ただの 魔法研究バカじゃない。昔の偉い魔法使い達が私の先祖の魔女について何を書いているのかなんて 知らないけど、人の心を操る魔法なんか知らないわよ。  彼が言うには彼女の先祖の魔女の何人かが心を動かす魔法を使うと書かれていたらしい。  けれどエリティラは本当にそんな魔法は知らなかったし、何度そうアルトワースに告げても彼は 信じてくれなかった。そして毎日やってきて言うのだ。 「そろそろ考えてくれたかな?」  そしてエリティラもうんざりしたように言う。 「国一番の魔法使いともあろう方がお暇ですわね。ありもしない魔法のために毎日時間を無駄にする なんて」  もちろんアルトワースもそう暇なわけではない。王や城の者たちからの魔法の依頼や相談も日々 こなしていた。しかし彼は魔法研究に情熱を注いでいたのでここへ来ることを無駄とは思っていなかった。  だが、最初の頃はそんな会話のやり取りも楽しんでいたアルトワースだったが、ここに通いだして 十日を過ぎる頃になるとだんだんと苛々としてき始めた。 「まだ気持ちは変わらないのか? こちらが出す条件はまだ不足なのか?」  あまり感情を表に出すまいと心がけているアルトワースだったが、声にイラつきが滲み出ていた。  エリティラはというと、何度そんな魔法は知らないと言っても信じない彼にうんざりというよりは あきれていた。  教える魔法が無いのに条件もなにもないでしょう?  これも何度も言った台詞だ。だが何度言っても聞いてもらえないなら言っても無駄だ。  エリティラは聞こえてないふりをして薬草をより分け始めた。  黙っているエリティラにアルトワースはため息をついた。  そして真面目な顔をしてこう言ったのである。 「どうしても教えたくないと言うならば、仕方ない。君を私の妻に迎えることにしよう」 「はあ?!」  あまりに突飛な発言に、エリティラはバサリと薬草の束を落とした。  突然なにを言い出すの、この人?  床にばら撒いてしまった薬草を放ったまま、エリティラはアルトワースにくってかかった。 「ちょ、ちょっと待って。どうしてそんなことになるのよ」  そんなエリティラの様子に少し満足したようにアルトワースは笑みを浮かべ、言った。 「何故? 理由は明白じゃないか。君が魔法を教えないからだよ」  今まで色んな条件を彼女に出してみたが一向に彼女は良い返事をしない。ぜひとも知りたい魔法では あるが、このままここに通ってくるだけでは事は進展しないだろう。結婚など考えたこともなかったが、 事態を打破するためにはこのくらいの犠牲は仕方あるまい。  嫌なら今すぐ魔法を教えなさいと言わんばかりに彼はエリティラを見た。  それとも今まで拒否し続けていたのはこの言葉を待っていたからなのか?  しかしエリティラは相変わらず困ったような怒ったような顔で言った。 「だから何度も言うように貴方の知りたい魔法なんて……」  言いかけたエリティラの言葉を遮ってアルトワースが言う。 「金も宝石もいらぬと言うし、代わりに別の魔法を教えようと言ってもだめだという。私の助手として 城で仕えられるよう手配しようと提案しても嫌だというし、望みを訊いても答えない。ならば君を妻に 迎えれば、君はそれらのすべてを手に入れることも可能になるし君にとっても悪い話ではなかろう?」  どうしてこの人は、わたしがその魔法を知っていると思い込んでいるんだろう?  エリティラは深くため息をついた。  それに私をあくまで欲深な魔女だと思っているのね。富や名声を手に入れるために魔法を教えるのを 渋っていると。  無駄だと知りつつもエリティラはもう一度彼に説明しようと口を開いた。 「何度も言いますが」  だが、再び彼が言葉をかぶせる。 「そして妻とは夫に従うものだ。君も私の妻になれば、私に従うようになるだろう」  なんてばかげてるの!  当然とばかりに言うアルトワースにエリティラは怒りを覚えずにはいられなかった。だが、そんな風に 考えるのはアルトワースばかりではない。この国の男達は女性は男に黙って従うものと信じているのだ。 権力は男にあり、女はそれに付属するものだと。 「……申し訳ありませんが、丁重にお断りいたしますわ」  エリティラは怒りに震える声を抑えつつ、言った。 「君に決定権があるとでも?」  ついと近寄り、エリティラの肩をつかむアルトワース。男性からの求婚を断る権利など、女性には 無いと言いたげに笑む。その事はエリティラも充分知っていた。だが、少しの逃げ道も知っている。 「貴方にだって、正式な決定権はないでしょう?」  すべての男性が、求婚さえすれば望みが叶うわけではないのだ。受けるか否かは女性の保護者の男性に かかってくる。つまり普通ならば父親だ。しかし彼女に父親がいないことはアルトワースも知っている。 「確かに。だが、君も魔女とはいえこの国の民の一人。王にはその決定権がある。明日にでも婚姻の 許可を得よう」  アルトワースの言葉にエリティラは青ざめた。ここのように小さな村では本来、父親のいない女性の 保護者は村長になる。エリティラは村長に保護されたことなどなかったが、それでも村長ならば説き 伏せて彼の求婚を断るように頼む事も出来る。なのにいきなり国王に許しを得るだなんて。アルトワースは 王の相談役とも言われているのに、彼の要求を認めないわけがないではないか。  それでもエリティラは無理して微笑んで見せた。 「ならばわたくしは王に、お認めにならぬよう進言いたしましょう」  そう、ほんのわずかだが逃げ道はある。彼が魔法使いだということが。  だがアルトワースはそんな逃げ道などない、結婚が嫌なら素直に魔法を教えろと言わんばかりに笑みを 浮かべて彼女を見ていた。 

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