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 にぎやかな音楽の中、人々は楽しそうに食べ、喋りそして踊りだす人もいた。時折祝いの言葉をかけに 二人の所にやってくる人達もいる。  エリティラはそんな人たちに愛想笑いをしながらなんとか気を落ち着かせようとしていた。  頬がまだ火照っている。まさかあんな風に人前でキスをする事になるだなんて思いもしなかった。  深呼吸をして胸の鼓動を静める。けれど触れたところが熱くほてり、唇までが鼓動を打つように疼いて いる。  そんなエリティラの所へ王妃がやってきた。 「おめでとう、エリティラ」  驚いた事にまるで友人にでも話しかけるかのように親しげに話しかけてくる。 「ありがとうございます、王妃様」  硬くなって答えるエリティラににっこりと笑いかけると、緊張することはないのよと言うかのように 王妃は彼女の腕をそっと撫でた。 「アルトワースは王様の良き相談相手ですから、貴女もぜひ私の相談相手になってちょうだいね」  相談相手。今まで未婚の女性の恋の相談にはのってきたけれど、王妃様の相談になんてのれるのかしら?  エリティラは不安に思いながらも頭を下げた。 「もったいないお言葉、ありがとうございます」 「貴女も、なにかあったら相談してちょうだいね?」  思ってもなかった言葉にエリティラが顔を上げると、王妃は彼女を元気付けるように笑顔を向けた。  王妃様は私が結婚したくなかったことをご存知なんだわ。  けれどエリティラはその事を口には出さなかった。祝いの席でそんな事を言い出しても王妃を困らせる だけだから。  王妃様だって政略結婚でこの国に来たんだもの。それまで話した事もない、顔も肖像画でしか知らない 王様と結婚したんだもの。  それにこの国では平民でも親の決めた顔も知らない相手と結婚することは珍しくはないのだから、 エリティラがこんな結婚したくなかったと騒ぎ立てたところで皆あきれるだけだろう。  宴は続く。最初は結婚の祝辞を述べに来ていた人達も、今はもう楽しげに友人達と語らっている。 アルトワースも王や親しい友人たちと会話を楽しんでいるようだったが、知り合いなどいないエリティラは ぽつんと独り、席に座っていた。  初めて食べた珍しい料理も一通り味を見てお腹いっぱいだし、夜も更けてきた。けれど一応主役の 一人である花嫁の自分が席を立ってしまって良いのか分からず、エリティラは必死にあくびをかみ殺した。  それに気づいた王妃が声をかけてくれた。 「そろそろ疲れたんじゃなくて? お部屋に案内しましょうか?」  正直、このまま座っていたら居眠りを始めてしまいそうだったエリティラにはありがたい言葉だった。 「そうさせていただいてよろしいですか?」  エリティラの言葉に王妃はにこりと笑う。 「もちろんよ。貴女にはこれから一番大切な儀式が待っているのですもの。心の準備が必要でしょう?」  最初エリティラは何の事を言われたのか分からなかった。けれどすぐに気づき、息を飲む。  一番大切な儀式。床入りの儀式。  もちろん彼女は政略結婚をした王族ではないのだから、本当に儀式として行うわけではない。けれど それは結婚したからにはさけて通れない道だ。 「さあ、行きましょう」  一気に眠気が覚め、顔を紅くしたエリティラを王妃が優しく導く。王妃自らが部屋へ案内してくださると いう栄誉にも気づかないほど彼女は動揺していた。  それまで賑やかに皆と杯を交わし歓談していた王が二人が席を立ったことに気づき、ニヤリと笑った。 「おや、気の早い花嫁じゃな。もう行かれるのか?」  王の声に他の皆も気づき、途端に口笛やひやかしの声が飛んできた。 「花嫁には花嫁の準備というものがあるんです」  ピシリと王妃が言うと、王もしたり顔でさもあらんと頷いた。 「アルトワースも、分かるわね? もうしばらくここで皆の祝杯を受けていなさい」  王妃はアルトワースに言ったのだが、ニヤリと笑って答えたのは王だった。 「そなたに言われずとも花婿殿にはもう少し焦れていてもらおう。さあ、花嫁よ行くが良い」  どっと皆の笑う声が聞こえる。恥ずかしさのあまりエリティラは早く広間から逃げ出したかった。 だからその時アルトワースがどんな顔をしていたのか、彼女には確かめる余裕はなかった。

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