3-2

 アルトワースはため息を飲み込んでいた。  こんな大仰な結婚式などするつもりはなかったのに。  そもそもアルトワースは結婚そのものを望んでいたわけではないし、エリティラとて魔女として生きて きたからには普通の娘のように結婚に憧れを抱いていたとは思えなかった。だから彼は、最低限の儀式で 済ますつもりでいた。  ところが二人を待っていたのは王族か貴族かと言わんばかりの結婚式だった。王と王妃を筆頭に城内の お偉方と手の空いた者達が大勢集まり、祝福している。  ばかげている。だが、王が私の為にと思いしてくれたことを断るわけにもいかない。  アルトワースは再び出そうになったため息を飲み込み、チラリとエリティラを盗み見た。魔女という 事もあって今までいつも黒い服を着ていた彼女が今、花嫁として白いドレスを身にまとっている。化粧も 城の侍女達にされたのだろうか、いつものどぎつい化粧ではないようだ。  少しはましな姿だな。  魔女の姿をしていた時のケバケバしい彼女のままで花嫁として皆に紹介されてしまう事にならなかった のは少しホッとした。比べても仕方のないことなのだが、やはり今まで彼にまとわりついてきた美しく 着飾った女性たちを袖にして彼女を妻としたのだ、あまりにひどい格好をされていては恥をかくのは 自分だとアルトワースは眉をしかめていたのだ。  だがまあ今はましな格好をしているし、手を触れただけで赤面するような初々しさも演じてくれている。 ケバケバしい娼婦のような花嫁でないことだけでも良しとしよう。  アルトワースは静かにエリティラを見たまま微笑んだ。それに気づいた彼女はますます顔を紅くし、 今にも倒れてしまいそうだった。  そこまで純真さを演じる必要はないのだが、とアルトワースはいぶかしんだ。  それともこれは演技ではないのか?  もしかしたらそうなのかもしれない。  だがアルトワースにはどちらとも判断がつかなかった。  そうして滞りなく式が終わると、そのまま二人は大広間の祝宴へと連れて行かれた。  大広間には城中の人々が集まっていた。まあ、普段の夕食もほとんどの者が大広間でとるので人の 多さはいつもと変わりないのだが。  けれど城で暮らしたことなどなかったエリティラは、これだけの人々の前に立たされて足を震わせて いた。  それはそうだろう。たとえ城で暮らしている者でも、この席に呼ばれれば震えてしまうに違いない。 ここは王と王妃の隣。王の客人や特別な者しか座れない場所なのだから。  そんな特別な場所に呼ばれて皆に注目されれば、普通の者は震えない訳がない。実際エリティラは、 席に着く前に緊張で足が震え転びそうになった。隣を歩いていたアルトワースが彼女をささえて事なきを 得たが、それを見た人々は口々にひやかしにかかった。結婚式の祝宴だから仕方がない、と思いつつも アルトワースはイラついた。  相手が彼女でなくとも隣で女性が転びそうになれば支えるのが普通ではないのか? なぜそんな事で こんなに騒がれなければならいんだ?  エリティラは転びそうになったことが恥ずかしいのか、ひやかされるのが恥ずかしいのか、真っ赤に なってうつむいている。  やがて王と王妃が現れ席に着くと、人々は話すのをやめ広間は静かになった。 「皆の者ももう存じておるだろうが、我が魔法使いアルトワースがこの度かわいらしい花嫁を迎えた」  よく通る王の声が広間に行き渡ると人々は皆エリティラのほうを見た。 「エリティラ殿」  名を呼ばれ慌ててエリティラは立ち上がったがどうしてよいのか分からず、顔を紅くしたままおじぎを した。  王はその様子に満足したように笑みを浮かべる。 「なんと目出度いことか。アルトワースはこのように初々しい魔女を妻とし、エリティラは国一番の 魔法使いを夫とする。こんなに目出度いことはないぞ」  王の言葉に賛同するように宴席にいる幾人かの者が新婚の二人に向けて祝いの言葉を投げかける。 それに応えるようにアルトワースが軽く礼をするのを見て、慌ててエリティラもそれに習った。  王はよろしいとばかりに頷くと、再び口を開いた。 「アルトワース、妻と子を養うためにもますます魔法の腕に磨きをかけよ。そしてエリティラ、 アルトワースの優秀な血を引く子を産み健やかに育てよ」  王はそこでいったん言葉を切り、声高らかに言った。 「さあ、夫婦となった証を皆に示せ。花婿、花嫁にキスを!」  王の言葉に人々は歓声を上げた。「キスを!」「キスを!」と二人をはやし立てる。  見せ物になるつもりなどない、と席を立って広間を出て行きたかったアルトワースだが、これは王の 祝福であり皆の祝福であるのだ。  仕方なく彼は花嫁に口づけした。皆の歓声と共に控えていた楽師達がにぎやかな祝いの音楽を奏でだす。 そしてそれを合図に人々は自由に食事や歓談を始めた。  アルトワースはため息をつき、ムスリとした顔をして隣りに座る王に小さな声で不平を告げた。 「王よ、私はこのように立派な式や祝宴をするつもりはなかったのですが?」  しかし王は彼が不機嫌な様子を楽しんでいるように笑みを浮かべた。 「何を言う、アルトワース。そなたは私の大切な片腕。そのそなたの結婚ともなればこのくらいは 当然だろう?」  嬉しそうに笑う王を見てアルトワースはもうこれ以上言うのをあきらめた。元々王はにぎやかな事が 好きなのだ。それにあとはもう皆それぞれに宴会を楽しむだけなのだから、今さら不満を述べた所で 意味がない。  アルトワースは今日だけの事だ、と心の中でつぶやいた。

前のページへ 一覧へ 次のページへ


inserted by FC2 system