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        3  それから結婚式までは、あっという間だった。  一度エリティラは荷物整理の為に村へと帰り、必要なものをまとめ村長に挨拶をして相談に来る 人たちの為に貼り紙をした。そして泥棒よけの封印の魔法を家にかけると、ゆっくりする間もなく アルトワースが迎えに来た。 「荷物は?」  問われ、彼女は手に持ったかばんを差し出した。 「これだけよ」  その荷物の少なさにアルトワースは驚いた。女性と言うものは衣服やアクセサリーなど、山のように 持っているのではないのか?  しかしエリティラにしてみれば、今お城へ持っていこうと思う物は着替えとほんの少しの貴重品、 そしてシラグに貰った髪飾りくらいのものだった。 「薬草や魔法の材料や道具なんかは、貴方のほうが良い物をお持ちでしょう? わざわざ持って 行かなくてもと思って。それにうちは代々口伝えで魔法を習ってきたから魔法書の類はないのよ」  エリティラは慌ててそう付け加えた。  それが知りたかったんでしょう? もしも疑ってるんだったら家の中をひっくり返して捜したって いいわよ。  そう言おうかとも思ったけれど、口に出す前にアルトワースが彼女の鞄を受け取り、そして手を取った。 「では行くとしよう」  そう言い、彼は空間移動の呪文を唱え始めた。  そうして再び城へ戻ったエリティラを待っていたのは、彼女を花嫁に仕立て上げるために遣わされた 女性たちだった。  あらかじめアルトワースから、城に戻ったらすぐに式を挙げるとは聞いていた。だけど理由が 理由だけに、略式で簡単に済ませるつもりだろうとエリティラは思っていた。  なのに、なんということだろう。彼女達はまるでエリティラを、国一番の花嫁に仕立て上げようと しているようではないか。 「さあ、花嫁はこちらの部屋でお仕度を。アルトワース様には別室を用意してありますのでそちらで お仕度されてくださいませ」  年長の女性はそう言うと、王の片腕であり魔法使いである彼を恐れることもなくグイグイと部屋の 外へと追いやった。 「私はこんな事は頼んでいないぞ」  驚いたようにアルトワースが言う。 「ええ、もちろんです。わたくしたちは王妃様から頼まれましたから。それでは失礼します」  そう告げると彼女はアルトワースを締め出すようにバタンと扉を閉めてしまった。 「あの、王妃様がどうして……?」  不思議に思うエリティラの黒い服を彼女達はあっという間に脱がしていく。あまりにすばやくて エリティラは嫌と言う暇さえなかった。 「アルトワース様は最低限のお式で済まされるおつもりのようでしたけれど、王の片腕である国一番の 魔法使いの結婚式がそれでは花嫁になる方がかわいそうと王妃様がおっしゃられたんですわ」  笑顔でエリティラの質問に答えながらも彼女達は次々と結婚式用の白い衣装を出し、エリティラに 当てていった。そして幾つかの候補からひとつの衣装を選び出す。 「うん、これがいいわ。サイズも合ってるわね」 「では、髪を飾る花はこちらを」  別の女性が衣装とエリティラの髪の色に合わせて花を選び出す。 「ネックレスは瞳の色に合わせたほうがいいかしら」  エリティラはまるで着せ替え人形になったような気分だった。けれど嫌な気持ちはしなかった。  今まで魔女として生きてきたから魔女らしく見える服しか着てこなかった彼女だけれど、普通の若い 女性と一緒で色々着飾るのは嫌いではなかった。それにここにいる女性たちは本気で彼女を綺麗にして くれようとしている。  少ない時間の中で見ず知らずのエリティラを綺麗な花嫁に仕立て上げてくれている事が嬉しかった。  白いドレスに袖を通し髪を結い上げ花を飾る。いつもと違う控え目だけれど上品な装身具を身につけ、 薄化粧をしてもらったエリティラは否が応にも今から結婚するのだという意識を持った。と同時に緊張し 始めた。 「ああ、そろそろいかなければ。さあ、こちらへ」  慌しく準備を整えると年長の女性はエリティラの手を引いた。そしてエリティラは気持ちを落ち着かせる 暇もなく城内にある聖堂へと連れてこられた。  聖堂の中にはやはり否応もなく着替えさせられたのだろう、機嫌の悪そうなアルトワースが花婿の 衣装を着て立っていた。  その姿を見た瞬間、ドキリと胸を打った。まるで時が止まったように何も聞こえなくなり、彼しか 目に入らなくなった。アルトワースも魔法使いという職業柄なのか、それとも単に彼の趣味なのか普段は 黒い服を身につけていた。けれど花婿の白い衣装もなんて似合うのだろう。  呼吸さえ止まってしまいそうな自分に気づき、エリティラは慌てて深呼吸した。彼の見た目が良いこと なんてとっくに知っていたはずなのに、正装した姿はいつもに増して素敵に思える。 「さあ、花婿のところへ」  促され、彼の所へと行く。周りに聞こえそうなほどの鼓動をおさえつつ、エリティラはアルトワースを 見あげた。しかし不機嫌なままチラリともこちらを見ないことに気づき、彼女は現実を思い出した。  望まれた花嫁ではないということを。  結婚を持ち出したのは確かに彼のほうだけれど、それは魔法を知りたいが為でエリティラを愛している からではない。  それを思うと、胸が痛んだ。そして傷ついている自分に気づき、驚いた。愛の無い結婚だということは 最初から分かっていたのに、なぜこんなにも傷ついているのだろう。  祭司の前に進み出る二人に人々が拍手を贈る。新郎側の通路には男性が、新婦側には女性が祝福の為に 並んでいる。その最前列には王と王妃が立っていた。  国王に祝福される結婚式なんて、王族か貴族しかありえないだろうに。  事の重大さにエリティラは足がすくんだ。自分で望んだことではないけれど、心に重荷がのしかかる。  けれどこの婚姻を望んだ当の本人は相変わらず不機嫌そうに前を見たまま彼女をチラリとも見ない。  もちろん本当の目的は魔法で結婚ではないのだけれど、それでももう少し花嫁を気にかけても いいんじゃない?   皆の注目する中、そんな風に心の中でアルトワースを責める事でエリティラはなんとか緊張と重責から 気をそらそうとした。  せめて一度だけでもこちらを見てくれればいいのに。  エリティラがそう思ったその時だった。アルトワースがこちらを見た。  その青い瞳に胸がドキリとする。自分でも頬が紅潮するのが分かって、思わずエリティラは顔を そむけてしまった。さっきまでこっちを向いて欲しいと思っていたのに今は向こうを向いてくれれば いいのにと思っている。 「エリティラ。手をここへ」  促され、エリティラは祭壇の前の宝玉へおずおずと手を置いた。  魔女として生きてきた彼女は今まで結婚式に出席したことがなかった。恋の相談に来ていた娘たちから 結婚式がどんなものかを聞くことはあったので少しは知っていたが、こんなふうに王と王妃が出席する ような立派な結婚式についてなんて、何も知らなかった。なのでなにかおかしな失敗をしてしまうんじゃ ないかしらと、エリティラはますます不安で緊張した。  しかもアルトワースがこちらを見ている。  ドキドキしながら彼をチラリと見たその時だった。エリティラの手の上に彼が手を重ねてきた。彼女は 驚きとっさに手を引っ込めようとした。けれど彼の手がぎゅっと彼女の手を握り締め、それを許さなかった。  ああ、きっと私真っ赤になってるに違いないわ。  顔が熱くなっているのを感じる。重ねられた手がまるでそこに心臓があるかのように脈打っている。  ばかね、アルトワースは儀式の為に手を重ねただけなのに。宝玉から手を離してはいけないのに私が 手を引っ込めようとしたから手を握っただけなのよ、きっと。  エリティラは意識しすぎている自分を落ち着かせようと深呼吸した。目の前の司祭は初々しい花嫁に 微笑を浮かべながら式を続行している。  私は男の人に慣れていないだけだわ。慣れていないのに、国一番の魔法使いとなんて、しかも誰が 見てもこんなに素敵な人と結婚することになったんですもの。緊張したって当たり前なのよ。だから 赤面したって失敗したって仕方のないことだわ、誰も責めやしないわよ。  エリティラはもう一度深呼吸して儀式に集中しようとした。

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