この世界で出逢えた幸せ その2  それからしばらくの間、かるくんはわたしを避けるようになった。  以前は大抵決まった時間に決まった路を歩いて帰っていたのに、わざと時間をずらしたり、道を 変えたりするようになった。  それでもわたしは、なんとかかるくんを見つけ出し一緒に帰ろうと追いかけた。  そんなある日、いつもの様にかるくんの後を追いかけていると見知らぬ男の人に声を掛けられた。 「ねェキミ。いつもアイツの事おっかけてるよね」  つい立ち止まり、そちらを見てしまう。そこにいたのは同じ学校の男子三人だった。 「けどアイツ、いっつもキミの事無視してんじゃん? そんな冷たいヤツの事なんかあきらめたら?」  わたしとかるくんの間を引き裂くように、その人達はわたしの前に立ちふさがる。  笑いながらわたしを見下す三人。  もしかしたらわたしの事を心配して言ってくれているのかもしれない。反対に、つきまとっている わたしが邪魔なんじゃないかと、かるくんの為に言ってくれているのかもしれない。  彼らの事情はわたしには分からない。だけどわたしには、彼らはわたしとかるくんの間に立ち塞がる 障害にしか見えなかった。 「どいて下さい。急いでますんで」  無理矢理、三人の間を通ろうとする。だけど当然、そう簡単には通してくれるわけもなくて……。 「心配してあげてんのに、冷たいなぁ」  すれ違いざまに、腕を取られてしまった。 「あんな奴ほっといて、オレ達と遊ぼうよ」  ニヤリと笑いかけられ、ゾワリと全身に鳥肌が立った。本人達からすればただナンパしてるだけの つもりかもしれない。けれど三人に囲まれ腕を掴まれ、相手に恐怖しか感じない。  それでもそれを悟られまいと虚勢を張る。 「放してください」  掴まれた腕を引き剥がそうとする。けど、そう簡単には放してくれない。 「女のコひとりがイヤなら女友達呼ぶからさ」  そう言いながら、わたしの腕を引っ張る。 「嫌っ」 「放せ」  怖くて泣きそうになった時、力強い声がわたしの耳に響いてきた。 「かるくん……」  顔をあげるとそこには走って戻って来てくれたのか、少し頬を上気させたかるくんの姿があった。  驚いたのか、わたしを掴んでいた手がほんの少し緩んだ。すかさずわたしはその手を振り解き、 かるくんの元へと飛んで行く。  かるくんは何も言わずわたしを背に庇ってくれた。 「なに? さんざんそのコから逃げ回ってたクセに、いざとなったら惜しいワケ?」  三人組の一人がイヤミっぽくかるくんに言う。だけどかるくんは何も答えない。ただ、三人の 視線からわたしを背中で隠してくれていた。  かるくんの服の端を、ぎゅっと握る。それに気づいた三人組の一人が突然「あーあ」と大きく ため息をついた。 「ばっからし。おい、行こうぜ。当て馬にされるなんてばっからし」  言いながら一人が背を向け歩き出す。それにつられるように他の二人も踵を返し歩き出した。  それでも三人の姿が見えなくなるまでわたしはかるくんの背中に隠れていた。かるくんは何も言わず、 そうさせてくれた。  その後、さすがに置いて帰るのは気が引けたのか、その日は一緒に帰ってくれた。 「ありがとう、かるくん」  ポツリと呟くわたしに、かるくんは返事をしてくれない。  かるくんがわたしを助けに走って戻って来てくれたのは嬉しかった。  こうして一緒に帰れる事も嬉しい。  だけど、かるくんが返事をしてくれないという事実が、とても淋しかった。もしかしたら、今日の事 すっごく迷惑に思ってるんじゃないだろうか。かるくんは優しいから、ああやって助けてくれたけど、 本当にずっと迷惑だったんじゃないだろうか。  ずんと落ち込む。  必ず二人は恋いしあうようになる。そんな風にずっと思ってきたけれど、それは単なるわたしの 思い込みでかるくんは迷惑にしか思ってなかったのかもしれない。  悲しくて涙が出そうになった。  それでもわたしがかるくんを好きだという事だけは変えられないけれど。  うつむき涙をこらえようとしてたわたしは、いつの間にか歩みが止まってしまっていた。それに 気づいたかるくんも、足を止めじっとわたしを待ってくれている。 「悪い」  いつまでたっても動けないわたしにかるくんが声をかけてくれる。わたしは驚いて顔を上げた。 「オレのせいで嫌な目にあわせた」  暗い瞳をしてかるくんが言う。 「違うよ。かるくんは悪くないよ。わたしがかるくんの気持ちも考えずに追いかけまわしたり したから……」  かるくんにこんな顔をさせたいわけじゃない。かるくんに幸せになってほしい。かるくんと一緒に 幸せになりたい。それだけなのに。  見上げるとかるくんは首を振った。 「いや、オレのせいだ。あいつら、同じクラスの奴なんだ。何日か前からお前がオレを追いかけてる事 からかってきてたんだけど、相手にしなくて……。だから今度はお前の方に行ったんだ」  それで自分のせいだと思ったの? 「やっぱり違うよ。かるくんのせいじゃない。そもそもわたしが追いかけたせいでかるくんが からかわれたんだし、だいたい人の恋路をからかうもんじゃないわよ」  腕を組み、ぷっと口を尖らせて言ってみせると不意にかるくんの表情がやわらいだ。わたしの 気持ちも少し、軽くなった。 「ねぇ、かるくん。本当の本当に、わたしがかるくんに会いに行くのが迷惑なら……嫌なら、わたし、 もうかるくんに会いに来ない。けどね、これだけは信じて欲しいの。わたしは本当にかるくんが好きで、 かるくんに幸せになってほしい……」  じっとかるくんを見つめる。かるくんは戸惑うように視線をそらし、地面を見た。何かを言いたそうに 唇を動かし、手のひらを握りしめている。 「…お前は……オレが闇の一族だって事が怖くはないのか……?」  わたしは固く結ばれたかるくんの拳を自分の手で包み込み、首を振る。 「かるくんを怖いだなんて思った事は一度もないよ。かるくんは、光の一族のわたしが怖い……?」  光とか闇とかそんな名前を付けられちゃってるけど、他の人達とわたし達とどれ程違うというの だろう……?  それでもかるくんはそれにこだわる程にその言葉を心に刻みつけられてしまっている。 「怖いわけないだろう。光は希望だ。絶望の闇とは違う」  苦しそうに言葉を絞り出すかるくん。自分達の一族をそんな風に言うだなんて。 「違うよかるくん」  わたしはかるくんを抱きしめた。 「光だって強すぎれば人々を焼いて苦しめる。それに人々は暗闇に安らぎを求めるものでしょう?」  光が良くて闇が悪いとか、そんなのは幻想だ。光や闇に善し悪しなんて存在しない。それと同じように 光の一族と闇の一族のどちらが正義でどちらが悪かなんて、そんなのはないのだ。  ただ考え方の違いで互いの一族が敵対しているだけで、どっちが正しいかなんて判断する人の考えが どちらに近いかで簡単にひっくり返ってしまう。  この世界の光の一族と闇の一族は長年敵対していたらしい。だけど最近は目立った争いは無いという。  それは長い年月の内に考え方の相違が無くなってきてるからじゃないだろうか?  かるくんを見ていてもそう思う。かるくんとわたしの間に相入れない考えの違いなんてないように 思える。  だから今、この世界では光の一族と闇の一族はこれといった争いはしていないのだと思う。長年 争い続けていた分、急に仲良くはしづらいだけで争う理由なんてないはず。  そんなわたしの言葉を思いを、かるくんはどう受け取っただろう。  少しの間じっとしていたかるくんは、やがてゆっくりとわたしの腕を解き、呟いた。 「今日は送る。けど、明日からは俺を待つな。追いかけるな」  一見、拒絶とも取れるその言葉に、わたしは素直に頷いた。  かるくんの顔を見れば分かる。それは拒絶ではなく約束。明日すぐには無理だけど、気持ちの整理が ついたら迎えに来てくれるという約束。 「分かった。明日からかるくんの帰りを待たない。追いかけない。……だけど、待ってるよ」  わたしの言葉にかるくんも小さく頷く。  それから、かるくんがわたしに会いに来てくれるまで、長いようで短い日々が過ぎた。  かるくんがわたしの為に、何を乗り越えて来たのかを、わたしは知らない。だけどわたしに会いに 来てくれたかるくんは、ふっきれたように明るい笑顔をわたしに見せてくれた。 「もしまだお前が俺を嫌いになってないなら、恋人になってほしい」  かるくんからのストレートな告白に、わたしの顔がゆるむ。 「わたしがかるくんの事、嫌いになるわけないじゃん」  かるくんもきっと、わたしの答えなんて分かってたんだろう。大きく手を広げ、それからわたしを 抱きしめた。

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