春の嵐 その1  春は次々と花が咲き替わる。赤い花、黄色い花、青い花、白い花。草花も咲けば樹の 花も咲く。若葉も初々しい淡い色で世界を彩る。  ソキはそんな春が大好きだった。もちろん他の季節もそれぞれ素敵なところはある けれど。色々な花が咲く春にはかなわない。  そんな大好きな花々に囲まれているのに、ソキの気持ちは曇っていた。 「お姫様、やっぱりソキは近づいちゃダメだよね……」  ポツリ、呟く。  昨日、村の広場で遠目に見たお姫様が、今星見の塔に来ている。近くで見てみたい、 お話してみたいと思うものの、それがダメなことは言われなくても分かっている。  村の子達とは少し仲良くなれたものの、他の村の人達とでさえまだ近づけないのに、 お姫様に近づくなんてとんでもない。  それにししょーも言ったでしょ。風の精霊が来ればお姫様の護衛がもしかしたら 攻撃してくるかもしれないって。  まだ若く力の弱いソキは、危ない所に近づかないよう気をつけていた。とはいえソキの 好奇心のせいで危険に巻き込まれる事もあったけど。  それでもやはり、攻撃を回避するような場面はそう多くはなかった。だからもし 攻撃されたら、ちゃんと避けれる自信はなかった。  そんなふうにあれこれ近づいちゃダメな理由を数えてみても、やっぱりソキは 残念だった。  今頃シガツもマインも、お姫様の近くにいてお姫様とお話をしている。それが どうしても羨ましかった。  仕方がないので声だけ風に乗せて拾ってみる。みんな家の中で話しているから、外で 話している時のように上手くは拾えないけれど。  きっと楽しくお喋りしてるんだろうなと思っていたのに、家の中では何か、言い合う ような雰囲気があった。 「どうしたのかな?」  心配になったソキは、もう少しだけ家の近くに寄ってみた。どうもマインとお姫様が 少し言い合いをしているみたいだった。  どうしたのかな。マインはお姫様のこと、大好きみたいだったのに……。  そう思った後すぐに、家の中に入る前に聞こえてきた声を思い出した。  そういえばお姫様とシガツがイトコで、マインはなんだか不満の声を上げていた。  けど、どうしてそれでマインが不機嫌になるのかが、よく分からない。というか そもそも、人間にとってのイトコの距離感がよく分からない。  風の精霊は独り立ちしてからは、ほぼ独りで過ごす。たまに他の風の精霊と会い話す 事はあるけれど、あまり長期間共に過ごす事はない。それでも仲間意識というものは ある。まだ独り立ち出来ないおちびちゃんがいれば、保護して育てる事もあるし、大人の 精霊相手でも、相手が危険に晒されていればそれを助けようという気はある。  初めてシガツに会った時、ソキの指輪を見てフィームがシガツに敵意を向けそうに なったのも、風使いが嫌いなのはもちろんソキを助けようとしてくれたからだ。  だから風の精霊は同じ風の精霊を、人間ほどの愛情はないだろうが家族と捉えている。 兄弟姉妹のようなものだと。  そして同じ精霊の仲間である火の精霊や水の精霊をイトコと呼ぶこともある。  だけどそれは、人間にとってのイトコとはあまりにも違いすぎる。同じ風の 精霊でさえ、滅多に会いはしないのだ。偶然会った他の精霊とは、余程の事がない限り 「こんにちは、イトコ殿」と挨拶だけで終わる。  余程人間達の友達のほうが仲良しだ。  だからソキには分からなかった。友達は、一緒に遊ぶ仲良し。イトコは、血の繋がりが あるという事は知ってるけど、それから?  考えている内に、言い争う雰囲気はなくなっていた。  仲直りしたのかな?  よく話を聞いていなかったけれど、そうだといいなとソキは思った。楽しげな雰囲気と まではいかないけれど、穏やかに話をしているようだ。  あんまり長いことここにいたら、近くまで来ちゃったことバレちゃうかな。  そう思い、ふわりと飛び立つ。そしてふと思い立った。  シガツとお姫様に繋がりがあるのなら、もしかしたらその内お姫様とお話出来るように なるかもしれない。  きっと無理だと思っていた村の子達ともお喋りできるようになったんだから。  そう思うとソキは、とても嬉しくなった。

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