春の嵐 その2  お姫様が村から去った後、ニールは部屋へと入り、頭を抱えた。  取りあえずシガツには、謝っておいたほうがいいのか? でも、あいつに頭を下げる なんて腹が立つ!  マインの事がなければここまで腹が立つ事はなかったのだが、分かっていても気に 入らない。  マインはあんな奴のどこが良いんだ?  マインがシガツの事を好きなんだと思うと腹が立って仕方がなかった。  あんなキレイなお姫様が婚約者なんだから、さっさと故郷に帰ってお姫様と仲良く すればいいのに……!  そうすればマインはあきらめるしかない。自分にチャンスが回ってくる。  だけどまだしばらくシガツは魔法の修業のためにここにいると言った。ホントに腹が 立つ。  イライラするばかりでちっとも良い案が浮かばない。  うなりながら部屋の中をウロウロしていると、ノックの音がした。 「ニール、いる? 後片付けのことで話があるんだけど……」  聞こえてきたのは、エマの声だった。  村で催すお祭りは、特に決めなくてもだいたい役回りが決まっている。そんなに大きな 村ではないからみんなが互いの役割を知っているし、手助けが必要なら代わりに やったりもする。毎年の事ならそうだったけれど、今回のお姫様の歓迎式は急だったし 初めての事だった。だからある程度は指示なしで後片付け出来るけれど、指示が必要な ものもある。 「子供達が花を入れて運んだ袋なんだけど、あれって何かに再利用……え?」  ニールが扉を開けたので用件を伝え始めたエマだったが、突然ニールに手を引かれ、 部屋の中に引き込まれた。手早くニールは扉を閉める。 「ちょっと、何? どうしたのよ」  いばりんぼのニールは時々手荒な真似をする。あんまり度を越していると思った時は、 年上の幼馴染みとして注意をするのがエマの役目だった。だけどまあ、部屋に引き 込まれたくらいなら注意する程の事じゃないかもしれない。ああでも自分以外の女の子に こういう事をするのは、あんまり良くないかしら。  エマはやっぱり注意するべきかしらと思いながらニールを見た。するとニールは、 怒ったような泣きそうなような顔をしていた。 「え? ニール?」  ニールが不機嫌そうな顔をする事はよくあるけれど、こんな風に泣きそうな顔に なってるのを見るのは、いつぶりだろう。  胸を締め付けられながら、エマはニールに手を伸ばした。 「マインが、アイツの事好きみたいなんだ」  手が触れる直前、ニールがつぶやく。 「あいつって、シガツ?」  引っ込めた手を握りしめ、エマは笑顔を作った。  マインがシガツを好きになる。ありえない事じゃない。そんなに話した事はない けれど、シガツは人当たりが良さそうだったし、容姿もどちらかと言うと良いほうだと 思う。 「それで、シガツもマインの事が好きなの?」  悔しそうに涙をこらえるニールを、エマは抱き寄せたいと思った。けど、ニールは そんな事をしても喜ばない。嫌がるだろう。 「いや。前にシガツは好きな子なんていないって言ってた。それにあいつ、お姫様の婚約者 だし」 「は? 婚約者……?」  突拍子もない話にエマは驚いてドキドキした。  星見の塔で聞いた話をニールがかいつまんで説明する。 「そう。でもだったらシガツの事は心配しなくていいんじゃないの?」  自分の事は棚に上げてエマは励ますつもりで言った。  自分が好きな人が他の人を好きだというのは、辛い。その相手にその気がないからと いって、好きな人の気持ちがそうすぐに変わるかは分からない事だから。

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