春の嵐 その3  マリネが星見の塔を去ってから、しばらくの間は平穏な日々が続いた。  ニール達も歓迎式の後片付けやそれによってずれ込んだ仕事の手伝いで忙しいのか、 星見の塔に遊びに来る事はなかった。マインはというと、何故かしゃかりきになって 魔法の修業をしている。  シガツは、二、三日おきに来るマリネの手紙にどう返事を書こうかと悩む日々だった。  そんなみんなを見ながら、ソキはちょっと退屈だなぁと思っていた。もちろん毎日の ように自由時間にはマインやシガツがソキと遊んではくれたけれど、お祭りや歓迎式の 時のようなわくわく感がなくて寂しい。  何か夢中になれる事があったら良いのになと思って、そもそもソキは人間を見ている のが好きだった事を思い出した。  シガツとマイン、そして師匠は最近同じ事を繰り返しているみたいに見える。だから ソキは、村の人達の様子を見に行こうと思った。  もちろん一部の子供達と仲良くなったとはいえ、他の人達はまだソキの事を怖がって いるから、遠く離れた空の上からみんなを観察するつもりだ。  あ、でも一応ししょーに言っといたほうが良いのかな?  一瞬そう思ったけれど、今は魔法の修業中でエルダはシガツやマインに教えている。 邪魔をしちゃダメだ。 「遠くから見るんだから大丈夫よね」  ひとりつぶやきソキは、ふわりと空高く飛び立った。  村の人達に見つからないよう、高く高く飛び上がる。そうしてふと遠くからの風を 感じてソキは気がついた。  嵐が来るかもしれない。  春は穏やかな日々が多いけれど、たまに風の強い日もある。そして更に、たまにだけど 嵐になる事がある。  ただの風の強い日ならば「風が強いなぁ」で良いのだけれど、嵐の日は気をつけて おかなければいけない。力の強い風の精霊なら嵐の風にも耐えられるけれど、まだ力の 弱いソキは吹き飛ばされて怪我をしてしまうかもしれないのだ。  だから嵐の気配を感じたらすぐに風を避けれる場所を探す。自分ひとりならそれだけで 良いけど、今はシガツ達と一緒にいるんだから、シガツ達にも知らせなければ。  ソキは慌てて星見の塔へと戻って行った。  ザァッと一陣の風を吹かせて、ソキはみんなの元へと舞い降りた。  今まで修業の邪魔をした事も、こんなふうに風を伴って降りてきた事もなかったので、 師匠もマインもびっくりしている。 「何かあったのか?」  唯一付き合いの長いシガツは、こんなふうにソキが降りてくるのは慌てている時だと 知っていた。 「嵐が来るかもしれないよ」  ソキの言葉にシガツが頷く。だけどマインは空を見上げ、首を捻った。 「良い天気だよ? 風もそんなにないし」  風が全く無いわけではないけれど、いつもと変わらないふうに思える。ソキが嘘をつく とは思わないけれど、嵐の気配はまだなかった。 「すぐじゃないけど、明日か明後日には天気が崩れるんだと思う」  一緒に旅をしていたシガツは、ソキの天気予報は信頼していた。 「そうですね。以前も雨が降るのを当てていましたからね」  師匠も頷きソキへと向き直る。 「わざわざ知らせに来たという事は、酷い嵐になりそうなんですか?」  師匠に問われてソキは「うん」と頷いた。 「色んな物が吹き飛んじゃったり壊れちゃったりするかもしれない。大事なものが 失くなったり、物が当たって怪我しないよう気をつけてね」  ソキの言葉に師匠は「村の人達にも知らせてきましょう」と慌てて村へと出掛けて いった。  師匠が村へと出掛けて少ししてから、いつもより少し強い風が吹き始めた。 「この風って、ソキの言ってた嵐の風かな」  今はまだ、ちょっと強めの風が時々吹いてくるくらいだけど、これが段々強くなって くるのなら、嵐に備えて準備をしておかなければならない。 「とりあえず、風で飛ばされそうな物、家の中に入れとく?」  師匠が帰ってきてから指示を仰ごうかと思っていたが、何か足止めされているのか 帰ってくる気配がない。 「あ、いつもは家じゃなくて星見の塔に持って行ってるよ。そうだね、少しずつ運んどこう か」  率先してマインは外に出てあれこれ指示を出し始めた。  師匠と二人ここに暮らし始めてもう随分になる。だからもちろんこの家で嵐を迎える のは初めてじゃない。 「えーっと。これとこれは塔に持って行って。これはこのままでも大丈夫」  テキパキと動くマインにシガツは感心した。 「すごいねマイン。オレなんて風の塔とか旅の途中での嵐の記憶はあるけど、こんなふうに 嵐の前に準備するなんて全然分かんなくて。頼りになるよ」  そんなふうにシガツに言われると、ちょっと嬉しくなる。  マインは照れながら、一緒に物を運んだ。 「あ、畑も色々したほうが良いかな」  ふと思い出し、畑へ目を向ける。畑には自分達が食べる為の野菜やハーブなんかが 植えてある。 「畑? 何をするの?」  物が飛ばないようにと星見の塔へ運ぶのはソキにも分かった。けれど畑は動かせない。 どうするんだろうと首を傾げる。 「んー。風で倒れそうな作物に支柱立てたり風よけ作ったり。あと収穫できそうな物は風で 落ちる前に収穫しちゃう」  マインの指示に従って、シガツも畑の養生をする。ソキもなれない手付きで収穫を 手伝った。  だから師匠が帰って来た時には、すっかり準備は整っていた。

前のページへ 一覧へ 


inserted by FC2 system