異世界に飛ばされちゃったわたしは、どうもお姫様の身代わりに                        花嫁にされちゃったらしい。 その3  おじさんの気配が完全になくなると、クロモは大きなため息をつきながらしゃがみ込んでしまった。  大丈夫? と声をかけたかったけど、相変わらず声は出ない。だからベッドから下りて彼の肩に ポンと手を置いた。  だって本当に疲れたっていうか、なんとかやり過ごせたって感じでしゃがみ込んじゃうんだもん。  そんなわたしの行動に驚いたのか、クロモがビクリと顔を上げた。その拍子に被っていたフードが パサリと外れる。  目深に被っていたとはいえ、これまでだってそれなりに顔は見えてたしたまにチラリと髪の毛も 覗いていた。なのになんでだろう、フードの外れた彼を見て、びっくりしてしまった。  光に透けるような金色の髪は、やわらかな曲線を描きながらフワフワと風に揺れている。といっても 決して長髪じゃない。普通の男の人がしている髪型。なのになぜか、キラキラして見える。  瞳も、そう。とてもとてもキレイな、青い瞳。とても澄んだ秋の空を映したような色をしている。  そんな金髪巻き毛で青い瞳なんて童話に出てくる王子様のみたいな条件を持っているのに、彼の 顔立ちは少し幼く、そして自信なさげな内気な少年のように見えた。とてもさっきまであのおじさんと やりとりをしていた人と同じとは思えない。  呆然とするわたしに気づいているのかいないのか、彼はわたしが見とれている事には何も言わず、 フードを被り直すとそのまま立ち上がった。 「助かった」  ぶっきらぼうに、ただそれだけ言うと再び彼は黙り込む。  とりあえず力になれたんなら良かったと、笑顔で伝えてみるものの、果たして伝わったかな?  そんでもってとりあえず落ち着いたんなら、これがなんのイベントでどういう状況なのか説明して ほしいんだけど。  やっぱり声が出なくてパクパク口を動かしつつゼスチャーを試みてたら、クロモが「ああ」と言って すいと手を挙げた。  すると再び光の線が現れ、キレイなレース模様の円が描かれる。 「ふあ。やっぱりきれい……」  思わずため息がもれた。 「こんな感じのドイリー、いつか編めたらいいな」  と、そこまで言って気づいた。 「あ、あれ? わたし、声出てる?」  びっくりしながらノドに手を当ててみる。 「さっきまでかすれ声さえ出てなかったのに……。良かったぁ、このままずっと喋れなかったら どうしようかと思ったー」  安心してふにゃふにゃと座り込みかけた時、ほんの少し驚いたというふうに目を開いているクロモと 目が合った。 「気づいていなかったのか」 「え? 何が?」  クロモのつぶやきに首を傾げる。だけどそれに対して、クロモは返事をしてくれない。 「えーっと。とりあえず、これって何かのイベント? わたし間違って迷い込んじゃったのかな?」 「イベント?」  わたしの質問にクロモは眉根を寄せてそれだけ返す。 「わたしが本物のお姫様役の人じゃないってのは、知ってるよね?」  不安になりながら、訊いてみた。なんかイマイチ会話のキャッチボールが出来てない気がしたから。 「本物ではない事は知っている。俺が召還したんだから」  やっとわたしの質問に答えてくれて、ホッとした。けど。 「え……? 召還?」  マンガやゲームに出てくるようなファンタジーな言葉が出てきてつい、首を傾げる。 「召還ってあれだよね。ゲームとかでよく出てくる、魔法で別の所からここに呼び出すってやつ。 あー、そういう設定のお芝居なの? これ」  ハーフなのか本当に外国人なのかは知らないけど、どう見ても異国人にしか見えないクロモを 役者として採用するあたり、すごく凝ってるイベントなのかもしれない。 「けどごめんなさい。わたしそういうイベントに参加申し込みとかしてないし、役者として応募も してないの。本当に人違いなの。なんで自分がここにいるのかはちょっと自分でも分かんないん だけど……」 「俺が召還したから、ここにいる」  ほんの少しウンザリしたような顔をしてクロモが言った。えーと。 「それはお芝居の設定でしょ? じゃなくて本当に自分がここにいる理由が……」 「芝居ではない」  わたしの言葉を遮るように言ったクロモの言葉に、わたしは頭が真っ白になった。 「お芝居じゃ、ない?」  意味が分からず首を傾げる。 「お芝居じゃないってどういう意味? そりゃ、ドラマや映画の撮影じゃない事くらいは分かってるよ。 もちろん舞台の演劇じゃない事も。撮影ならスニーカーの時点でカットかかるだろうし、舞台なら どこかに観客がいるはずだもん。あ、もしかしてこれドッキリ? ドッキリだからお芝居じゃないって 言ってるの?」  尋ねるわたしにクロモは深々とため息をついた。 「芝居ではない。君は俺が召還したからここにいる」  さっきの主張を繰り返すクロモ。その頑固さについ空笑いを浮かべてしまう。 「やだなぁ。本当に魔法が使えるわけないじゃん。それともそういうの信じる程わたし、幼く 見えてる?」  それにしては用意されてたこのドレス、それなりに大人っぽいと思うんだけど。 「……魔法が絵空事の世界から来たか」  独り言のようにクロモがつぶやく。 「演技、上手だね。小学生の頃だったらきっと信じちゃってたよ」  真面目な顔をクロモはちっとも崩さない。 「……先程声が出なかったのは、俺が魔法をかけたからだ」  そう言うとクロモは再び指から光の線を出し、宙にキレイなレース模様を描き出した。 「まさか」  そんな事あるわけない、と続けたはずの声は、再びパクパクと口が動くだけで音は出てこなかった。  うそでしょ。本当に?  自分の顔が青ざめていくのが分かる。  考えてみれば、何も持っていない指先から光の線が出てくる事自体、ありえない。だけど最近 都会の方では体験型のヴァーチャルゲームでいろんな事が出来るってテレビで見てたから、てっきり どこかにその手の仕掛けがあるんだって思ってた。  最新の技術はすごいなーって。  クロモが再び、レースのドイリーみたいな模様を描く。その模様が本当にレースに似てたんでそうは 思わなかったけど、これはいわゆる魔方陣ってやつなのかもしれない。 「信じたか?」  クロモの言葉に、答える事が出来ない。きっと今の魔法で声は出るように戻してくれたんだろう けど、どう答えていいのか分からない。 「……外の景色を見せて」  すがるような気持ちで、つぶやく。もしかしたらこれは、やっぱり体験型のゲームとかで外に出れば いつもの景色が広がってるかもしれない。そう信じたかった。声が出なかったのだってもしかしたら、 何か仕掛けがあったのかもしれないし、もしかしたら催眠術をかけられちゃったのかもしれない。  わたしの頼みにクロモは、黙って頷いてくれた。  裸足のままベッドから降りてしまっていた事に気づいてスニーカーを履こうとしたわたしに、 クロモはキレイな靴を出してきてくれた。ドレスにスニーカーはないよね、と思っていたわたしは 素直にその靴を履いてみる。女性用に作られたキレイな形のその靴は、やっぱりわたしにピッタリの サイズだった。  クロモに案内され、外へと続く扉にたどり着く。案内されたと言っても、そんなに広い家じゃ なかったから自力でもすぐに見つけることが出来ただろう。  開いた扉の向こうが、いたはずのショッピングセンターの通路だったりアスファルトで出来たビルの 裏口の道路だったらどんなに良かっただろう。扉を開く前から微かに聞こえていた鳥の声は、 録音されたものが流されているんだと必死に祈ってた。  だけど目の前に広がっていたのは、土や砂利や草で覆われた地面。たくさんの木々と青い空。  車や電車の音なんて聞こえない。聞こえてくるのは鳥の声や風の音。 「ここ……どこ?」  見たことのない景色が怖くて、一歩後ずさった。するとすぐ後ろにいたクロモが、わたしの肩を 支えてくれた。 「ミモッソガーの森だ」  まるで外国のような地名を言われて泣きたくなる。考えてみればクロモだって変な名前だ。見た目が 外国人だし、何かの役名だと思ってたから気にもしてなかったけど。  じわりと涙が出てきた。 「まさか、ほんとに?」  ウソだウソだって心は叫んでるのに、目の前の滲んだ景色はやっぱり知らない景色のままで。  ボロボロと涙を流して泣き始めたわたしに、クロモが動揺しているのを感じた。だけど一般人相手の ドッキリなら、ここで「実は……」とネタばらししてくれるはずなのに、一向にクロモは言って くれない。ただ、泣いているわたしにオロオロして、それからポンと頭に手を乗せ撫でてくれた。  どのくらいの間、泣いてたんだろう。その間ずっとクロモは頭を撫でてくれていた。  気が済むまで泣いたわたしは、大きく深呼吸をしてクロモと向き合った。 「最初から、説明して下さい」  泣きはらした顔のまま話をするのは恥ずかしかったけれど、今はそんな事にかまってる場合じゃない。  頷いたクロモは「ひとまず座って話そう」とわたしを部屋の中へと導いた。

前のページへ 一覧へ 次のページへ


inserted by FC2 system