たぶん最終章、レースの魔法の女神様の再来と呼ばれるのは                          また別のおはなし。 その15  とりあえずレースの魔方陣については、ゼンダさん経由で王様に知らせてもらう事に なった。  クロモ自身が王様に報告した方が手っ取り早い気がするんだけど、お城に行くのが 嫌なんだって。  わたしとしても、クロモが行かなくて済むんならその方がいいかなって思う。だって 王様ってつまりはお姫様のお父さんじゃん? そうなるといくら仕事の話をしに行くとは いえ、やっぱ娘婿だけじゃなくて娘も来てねって事になるよね?  王様が末姫のニシナさんをどのくらい知ってたか知らないけど、王様を直接騙すなんて 怖いし自信ない。  ……けど、すぐって事はないけど、いつかは王様やお姫様のお母さんと会わなきゃ いけない日が来るよね? それってやっぱりこれまでみたいに上手く誤魔化せると 思えない……。  不安に思いだしたら止まらなくなっちゃって、夜中だというのに目が冴えちゃって 眠れなくなっちゃった。  こういう時はクロモに話を聞いてもらうと安心できるんだけど、さすがにこんな 真夜中に起きてるはずないよね。  ため息をつきつつ隣りの部屋へと意識を向けると、微かに誰かが動いている気配が した。  あれ? もしかしてクロモも起きてる?  もし起きてるんなら、ちょこっとだけ話を聞いてもらってもいいかな。ほんと ちょこっとだけ。続きは明日でもいいから。  そんな事思いながら、夜着のままベッドを抜け出し隣りの部屋へと向かう。  ノックしようとして、やめた。もしわたしの気のせいで寝てるのに起こしてしまったら 忍びない。ちょっとだけ隙間を開けてみて、もし寝てるっぽかったらそのまま 引き返そう。  そう思いながらそっとクロモの部屋の扉に手をかけた。  そうっとノブを回してドアを少しだけ開ける。と、その隙間から黄金色の光が 漏れ出してきた。  これ、クロモの魔法の光だ。こんな時間になんの魔法?  こっそり覗いてみると、複雑で大きな、とっても素敵な魔方陣が床一面に広がって 光っている。  キレイ……と見惚れている暇はなかった。だって、魔方陣の中心でフワッと実体化した のは……。 「レースの、本……?」  わたしが向こうの世界から持ってきたのと、全く同じ本だった。  わたしのもらした声に、クロモが振り向く。 「何故……」 「レースの本! わたしとおんなじレースの本だよね。なんで魔方陣から……。わたしの本?  それとも全く同じ別の本? わたしの世界が分かったの? 帰れるの?」  興奮して部屋の中に入り、クロモにしがみつく。それに驚いたのか、魔方陣の光が 消えてレースの本だけが床の上に取り残された。  だけどそんな事はどうでもいい。クロモの口からちゃんと答えを聞きたくてクロモに 詰め寄る。いや、もうすでにしがみついちゃってるから詰め寄るってのも変か。でも しがみついたまま、ぐっとクロモに顔を近づけ、問う。 「ねぇ! どうなの? 分かったの?」  するとクロモは真っ赤になって、顔を背けた。 「落ち着け。話す。だから着替えてこい」 「なんで着替え? 落ち着いてなんていられないよ。今すぐ聞きたいのに。ねぇ」  着替えに戻ったらなんかクロモに誤魔化されちゃいそうな気がして、逃げられない ようにとギュッとクロモにしがみつく。  クロモは更に顔を赤くして、身体を硬くしたけど、大きく息を吐いてから諦めたように わたしの背中をポンポンと軽く叩いた。 「分かった。分かったから、しがみつくな。自分が今どんな格好をしているか考えてくれ」  自分の格好……? 普通に寝間着だけど。  とりあえずしがみつくのはやめたけど、クロモの服の端をギュッと掴んだままに しておく。  ふと、チラチラとクロモの視線がわたしの足に向いている事に気が付いて、 思い出した。  そうだった。この国の女の人って足首くらいしか男の人には見せないんだっけ。 寝間着は膝上。そんなに足を見せるのは恥ずかしい事なんだった。  ちなみに下着は穿いてるよ? この世界に下着がないって知って、慌てて自分で 作ったもの。いくら郷に入っては郷に従えって言われても、下着なしの生活は 厳しい。……ブラの方は無いのに慣れちゃったけど。  でもクロモはたぶん、それを知らない。お姉さんにはそういう話をしたけど、 クロモとはそんな話、恥ずかしくて出来ないもん。  て事は、クロモは今、わたしが下着なしで膝上の寝間着でここに来てると思ってる?  しがみついたと思ってる?  ぶわっと頭に血が昇る。ていうか顔から火が噴き出しそうなほど熱くなる。 「ち……ちちち、違うの! ちょっと不安になって眠れなかったからクロモも起きてたら ちょっとお話し出来ないかなーって。決して夜這いとか誘惑とかそんなんじゃない からっ。ちゃんとパンツ穿いてるしブラは着けてないけどこの世界の服ってその代わりに 胸のトコロが何重にも……って、寝間着は一枚布だったーっ! ぎゃーっ。ごごご、 ごめんなさいーっっ」  しがみついちゃった時にちょっと胸も押し当てちゃった気がするっ。どうしようっっ。  慌ててクロモの部屋を飛び出して、自分の部屋に戻る。  扉を閉めてしゃがみ込むと頭を抱えた。  いやーっ。真面目に恥ずかしすぎて死んじゃうーっ。なんでちゃんと着替えて 行かなかったかな、わたし。  しかも混乱したせいで、とんでもない事口走っちゃった。  バカバカわたしのバカーっっ。  もうどうしたら良いのか分かんなくなって首をブンブン振っていたら、背中の扉が コンコンと音を立てた。 「大丈夫か? ああ、開けなくていい。このまま話そう」  扉の向こうから、クロモの声が聞こえる。  恥ずかしくって何て答えたら良いのか分かんなくってあわあわしてたら、クロモが 静かに話しかけてきた。 「先程不安で眠れないと言っていたが、例のレースの事か?」  混乱してぐちゃぐちゃな話し方をしていたのに、ちゃんと話を聞いてくれて心配して くれたんだ。  その事に気づいて、恥ずかしいけど嬉しさがこみあげてくる。  だからちょっと深呼吸をして落ち着いてからゆっくりと喋り始めた。 「うん。えーと。レースの事っていうか、その事を王様に知らせるって事は王様と 会わなきゃいけなくなるのかなって。ゼンダさんと違って王様はお父さんだから、 わたしが本物のお姫様じゃないってバレちゃうんじゃないかなって思ったの……」  わたしの言葉にクロモは少し考えてから言葉を返した。 「王はそこまで気を付けなくて良いと思う。ニシナ姫は王妃ではなく側妃の娘で、王とは それ程顔を合わせていなかったと姉さんが言っていた」 「そうなの? それなら良かった」 「だが娘に会いにその側妃が同席したら、拙い」 「ああ! 確かに! 普通の家でも父親より母親の方がそういうの敏感な事が多いもんね。 そっか、やっぱマズイよね……。どうしよう……」 「心配する事はない。君が城に行く事にはならないようにする」  そうクロモに言ってもらって、ほんのちょっとだけど安心した。

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