たぶん最終章、レースの魔法の女神様の再来と呼ばれるのは                          また別のおはなし。 その16  全部とは言えないけど不安がなくなって、わたしは話を切り上げてお休みを言おうと した。  だけどふと、クロモが扉の向こうで何か言いたそうにしている気がして、さっきの 光景を思い出した。 「……ちょっと待っててね」  さすがにまたこのまま扉を開けるわけにはいかないので、急いで上からガウンを 羽織る。  そして静かにカチャリと扉を開ける。  クロモは、ちょっと赤い顔をしてたけど、出来るだけ気にしないようにした。  ちょっと迷ってから、部屋の中にクロモを招き入れようとした。けどクロモは、首を 振って居間で何か飲もうって提案してきた。  だから二人で移動して、温かい飲み物を用意する。 「すぐに眠れるように、ホットミルクにした」  クロモの入れてくれたミルクは、熱すぎずちょうど良い温かさだった。  こんなちょっとした気づかいというか優しさが、嬉しくて好きだなぁって思って ドキドキする。  甘いミルクの味にほっと笑みを浮かべて、わたしはクロモを見た。 「それでさ、さっきのクロモの部屋のことなんだけど」  わたしが質問を終える前に、クロモは頷き話し始めた。 「君の世界を探っていた。先程ようやく同じ本を見つけ、召喚してみた」  さっきとは違うドキドキがわたしを襲う。 「み、見つかったの? ほんとに?」  クロモのことは信頼してた。いつ探してるのかは知らなかったけど、ちゃんとわたしの 世界を探してくれてるって信じてた。  それでも、まだまだ先のことだろうって思ってたから、目の前のことが信じられ なくって。 「待て。まだ確実ではない」  そう言ってクロモはさっき召喚した本をわたしに差し出す。 「中の確認を。君の物と同じか?」  わたしはコクリと頷く。写真も文字も、中のどのページも、わたしの持ってる本と 全く同じだ。 「そうか。……だがもう少し待ってくれ。これと同じ本はたくさんあるのか?」  クロモの質問の意味が分かんなくって、首を傾げる。 「そんなにたくさんはないと思うよ? マンガとかと違って手芸の本買う人なんて、 そんなにいないし」 「そんなに、という事はあと数冊くらいか」  クロモの言葉に慌てて首を振った。 「さすがに数冊ってことはないよ。ってそうか。手書きで本作ってるくらいだから規模が 違うのか。えーとね、わたしの世界じゃ印刷技術が進んでて、詳しくは知らないけど たぶんこの本同じ物が少なくても数十冊、多ければ数百冊あると思う」 「数百?」  クロモは驚いて目を見開いた。  そうだよね。この世界に印刷技術があるのかどうかは知らないけど、少なくとも クロモは手書きで本を作ってるんだもん。数百冊を少ないって言ったらびっくりする よね。 「その本は広まっているのか?」  人気があるのかって意味かな? 「さっきも言ったけど、誰もが欲しがる本じゃないよ。けど、わたしみたいに手芸を やりたい人は欲しがるかな」 「国のあちこちにある可能性はあるのだな」  クロモが何を確認したいのかがよく分かんないけど、うんと頷く。 「君の世界は国が幾つくらいある?」 「え? お……覚えてない。けど、たくさん。世界広いし。地理はあんまり得意じゃ なくて、その……」  恥ずかしい。けどまさか異世界でそんなこと尋ねられるとは思ってなかったし。 「やはりかなり広い世界か。この本がよその国にもある可能性は?」 「全く無いとは言えないけど、ほとんど無いと思う。ねぇ、なんでそんな話訊くの?」  クロモの質問の意図が掴めなくて、訊いてみる。するとクロモは難しい顔をして答えて くれた。 「この本が君の世界の物としたら、君の来た世界は特定出来る。しかし君のいた世界が 広いのなら、ちゃんと場所も特定して送り返さないと君は故郷に帰れないかもしれない」  そうか。世界が見つかったからって気軽にポンと同じ場所にってことにはならない のか。  そうだよね。間違いなくわたしの世界に送ってくれたとしても、アフリカとか アマゾンとか砂漠のど真ん中とかに放り出されたら、帰れないどころか下手したら命の 危険さえあるよね。  それでも、自分の世界に帰れるかもしれないことが現実に近づいてきて、胸が 締めつけられる。  帰りたい。でも、クロモと離れるなんて嫌。  家族や友達には会いたいけど、クロモと会えなくなるなんて耐えられない。  わたしは涙が出そうになるのを必死に堪えた。

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