たぶん最終章、レースの魔法の女神様の再来と呼ばれるのは                          また別のおはなし。 その22  わたしが黙り込んでいると、クロモは言い辛そうに口を開いた。 「君を向こうの世界に送り返せば、それが最後になるだろう」  ガンと頭を殴られたみたいな気がした。  クロモはわたしに、もう二度と会えなくなってもいいと思ってるんだ。  そんなマイナス思考に捕らわれて、顔を青くしているわたしに気がついたクロモが、 慌てて説明を加える。 「大変だからとか迷惑だからとか、そういう事ではない。これを見てくれ」  そう言ってクロモは、もう一度向こうの世界を映す魔方陣を編み上げた。この間と 同じ、ショッピングセンターの連絡通路が映っている。 「通路の奥によく見ると、人がいるだろう?」  確かに。曲がり角の奥に、人影が見える。けど、それがどうしたんだろう。 「あの人影にほとんど動きがない」  ? 「うん?」  クロモの言いたい事が分からない。 「この魔方陣は、今現在の様子を映している」 「うん」 「なのにあの人影は、歩いているように片足を上げたまま、ほとんど動いていない」 「? 静止画じゃないの?」  連絡通路は特に動くものはないから、その人影でしか確認は出来ないけど、確かに クロモの言うようにその人影は動いているようには見えない。 「静止画?」  映し続けるのは疲れるのか、魔方陣を消してクロモが尋ねてきた。  そっか。こっちの世界じゃ静止画って言っても分かんないのか。 「言葉の通り、静止している状態の画像だよ。写真……は、この世界にはないのかな。 えーと、その部分でピタッと止まった状態の画像」 「そんな魔法があるのか。なんの為に?」  クロモが不思議そうに首を傾げる。 「魔法じゃないけど。前にも言ったけど、わたしの世界は魔法がない代わりに道具とかが 発達してたのね。で、絵みたいに紙に風景を映しとる機械が出来て? その後動くものを 映す機械も出来て? うーっ、説明難しい。あ、なんの為に、だっけ? それは記念に 残したり記録として残したりとかかな。こっちのにも肖像画とか風景画とかない?  それと同じだよ」  わたしの説明に、クロモは「なるほど」と頷く。 「それでこの画像がどうかしたの?」  尋ねるとクロモは再び難しい顔をした。 「この魔法はその静止画というのを映すものではない。今現在起こっていることを映す 魔法だ」  ? ライブ映像ってこと? 「え? でもさっきの人、あんな中途半端なポーズで止まるなんて。よっぽどの人じゃ ないと出来ないでしょ」  パントマイムとかやってる人なら出来るかもしれないけど。あんな所でする意味 ないし。 「どうも、あちらとこちらの時間の流れが違うようだ」  時間の流れが違う? 浦島太郎みたいに? 「正確なスピードは分からないが、止まって見える程という事はあちらはかなりスピードが 遅い。今君を送り返せばおそらく、召喚したのと同じ日か翌日くらいに帰れるだろう」 「それって、向こうじゃわたしはまだ行方不明にはなってなくて、誰にも心配かけてなくて 迷惑もかけてないってこと?」  お父さんにもお母さんにも、友達にも先輩にも誰にも心配も迷惑もかけてない。  良かったと喜びかけた時、クロモが辛そうな顔をして言った。 「だから君を向こうに帰したら、もうこちらには呼べない」  だから? 「え? なんで? なにがだからなの? 召喚されてこっちで長い時間過ごしても、ほぼ 同じ時間に帰れるなら、気軽に呼んでもらっても他の人に迷惑かけなくてすむと思うんだ けど」  クロモにも会えて、お父さんお母さんにも心配かけない。良いことだらけじゃないの?  だけどクロモは首を横に振る。 「よく考えろ。ここに来て数か月、だけど向こうでは一日経ってないかもしれないんだぞ。 スピードが違い過ぎる。こちらが半年に一度君を呼んだとしても、君にとっては毎日の ように呼ばれるかもしれない。それだけではない。君はその度に歳をとっていく俺達を 見る事になる。……君の世界で一年、いや半年しない内に、俺達はもう生きていない だろう」  …………は?  頭の中が真っ白になった。  なにそれなにそれなにそれ。  あっちで半年過ごしたら、クロモはもう、いない……?  だばっと涙があふれ出た。  会えなくなるなんて、やだ。でも。 「すまない。だが事実だ」  クロモが辛そうに顔を歪める。  帰りたくない。でも。  でももうお姫様の身代わりをしなきゃいけない訳じゃない。レースの編み方だって お姉さんがマスターしている。  わたしがここに残る理由が、ない。 「十日後に、君をあちらに送る準備をする。そのつもりでいてくれ」  帰る方法を探してくれって言ったのはわたしだ。クロモはちゃんと、それに応えて くれただけ。  わたし自身、帰りたい気持ちは変わらず持ってる。当たり前。だっていきなりこの 世界に飛ばされちゃったんだもん。両親にも友達にも先輩にもお別れの挨拶とか出来な かったんだもん。  それでも、わたしの心はこの世界と別れるのも嫌がってる。クロモともう会えなくなる なんて、嫌だ。  どうしてあっちとこっちでそんなに時間の進む速さが違うの?

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