たぶん最終章、レースの魔法の女神様の再来と呼ばれるのは                          また別のおはなし。 その23  事の次第を知ったお姉さんは、わたしを無理に引き止めることはなかった。 「どんな答えだろうと、これはホソエちゃん自身で決めないと駄目ですわ。でないときっと 後悔しますもの」  そう言ってお姉さんは微笑んでくれた。 「あちらとこちらを行ったり来たり出来るんでしたら、クロモちゃんのお嫁さんに なってって引き止めるんだけどね。わたくしだってクロモちゃんにもう二度と会えなく なるってなったら悩みますもの」  お姉さんの旦那さんのダンさんも、しっかり考えた方が良いって言ってくれた。  わたしは頭では、生まれた世界に帰るべきだと思ってる。あっちにいるのが本当だし、 家族や友達とかもあっちにいるんだし。  だけど心が、もう二度とクロモに会えなくなるなんて嫌だって言ってる。  好きなのに、会えなくなるなんて、絶対嫌だ。  だけど家族や友達を捨ててまでこっちに残る理由がない。  堂々巡りだ。ぐるぐるぐるぐる、思考が回り続ける。  そして答えが出ないまま、約束の日が来てしまった。  クロモはこの十日間ずっと、無口だった。元々無口だったけど、いつもに増して無口 だった気がする。  会えなくなる前にいろんな事話しとけば良かったって今になって後悔したけど、今の 今までぐるぐる考え込んでてわたしもあんまり話しかけなかった。  しかも未だに答えは出てないし。  もう少ししたらお姉さん達が見送りにやって来る。わたしがここに残るって言わない 限り、みんなはわたしを向こうに送り帰すつもりみたい。  そうだよね。あっちがわたしの本当の世界だし、こっちに残らなきゃいけない理由も ないし。  そう思ったら涙が出そうになった。  別にみんなが酷いとか冷たいとかは思わない。  元々わたしはあっちの世界の住人なんだから。  だけどこのまま帰ったら、絶対後悔する。それだけは分かる。  せめてクロモに、自分の気持ちだけは伝えておこう。  そう決意して、わたしはクロモの部屋へと向かった。  息をのんで、ドアをノックしようと手を上げた。けど、ノックする前にガチャリと音を 立てて扉が開いた。 「あ」 「わ」  偶然クロモが出て来てびっくりする。 「すまない。当たらなかったか?」 「ううん、大丈夫。当たってないよ」  危なかったけど、当たってない。クロモはどっちかっていうと静かに扉を開けるから、 大丈夫だった。 「あの、ちょっとお話いいかな?」  勇気が萎まない内にクロモに尋ねる。 「ああ。俺も話がしたかった。入ってくれ」  言われるままに部屋に入る。  話? お別れを言いたいの?  でもきっと、クロモもわたしがお別れの挨拶をしに来たと思ってるんだろうな。  そう思うと悲しくなる。  でも。  出されたイスにちょこんと座ってうつむく。  クロモも、切り出しにくいのかベッドに腰掛けうつむいている。  帰る直前に好きだなんて言われても、クロモを困らせるだけかもしれない。それでも、 何も言わないまま帰りたくない。 「あのっ」 「待ってくれ。先に言わせてくれ」  珍しくクロモがわたしの言葉を遮った。  クロモの瞳が不安気に揺れている。  久しぶりに見る、少年のような顔のクロモ。  自信がなさそうに少し俯き、頰を赤く染めている。 「……君が、両親や友達に会いたがっているのは知っている。こちらよりもあちらの世界の 方が、魔法はなくとも便利なのだろう事は、話を聞いていれば想像はつく。それでも」  今にも泣きそうにも見えるクロモの顔に、胸がぎゅうっと痛くなる。好きって気持ちが あふれ出る。 「それでも、ここに残って欲しい。帰らないで欲しい」  待ってた言葉をクロモが口にする。  そう、わたしはずっとクロモに言ってほしかった。だってわたしから言ったんじゃ、 優しいクロモは無理をしてそれを叶えてくれようとする。  ドッと涙があふれる。  思いのままクロモに抱きつく。 「うん。クロモが帰らないでって言ってくれるんなら、帰らない。だって、クロモが好き だもん。ずっとクロモの傍にいたい。向こうのみんなと会えなくなるのは寂しいけど、 それ以上にクロモと会えなくなるのは嫌だ。悲しい。だけどクロモに迷惑かけるのも 嫌だから。だから、告白だけして帰ろうかと思ってた。告白しても、クロモに気持ちが ないならそのままお別れして帰ろうって。でもクロモから言ってくれたから、もう 帰らない。クロモと一緒にいる」 「本当に?」  驚いたようなクロモの声が聞こえる。 「自分勝手に君を召喚し、身代わりにし、故郷さえも奪ってしまう事になるのに」 「ダメだよクロモ。わたしが聞きたいのはそんな言葉じゃないよ。ねぇ、ちゃんと言って。 帰らないから、ずっと一緒にいるから、ちゃんとここに残ってほしい理由を言って」  クロモに抱きついたまま、彼を見上げる。クロモの青い瞳が、ゆらゆらと揺れている。 「……好きだ。ホソエ、君が好きだから、君を帰したくない。帰らないで、今度こそ本当に 俺と夫婦になってくれ」  不安気で、今にも涙が出てくるんじゃないかって思える瞳で、それでもクロモはじっと わたしを見つめている。  だからわたしは、とびきりの笑顔をクロモに見せる。 「うん。今度こそ本当に、クロモのお嫁さんにして」  クロモが、ぎゅっとわたしを抱きしめる。わたしもぎゅっと、クロモを抱きしめる。  身代わりじゃない、ニシナさんじゃない、お姫様でもないわたし。そのわたしを好きに なって。もっと好きになって。  そしたらきっと、わたしの世界に帰れなくなったことを、両親や友達に会えなくなった ことを淋しく思っても、後悔はしないから。  わたしももっともっとクロモのことを好きになるから。

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