怒られているかもしれないシガツの為に  不思議に思いながらもマインは外のみんなの元へと向かった。  みんなも当然、シガツも一緒に来ると思っていたからマイン一人なのに気づいて首を 傾げた。 「シガツのやつはどうしたんだ?」  ニールに尋ねられ、マインは「うん……」と小さく頷いた。 「あのね、なんかシガツだけ大人達の話に呼ばれちゃったんだ」  一瞬ニールは喜んだ。シガツなんていない方が良い。だけどマインがそれを気にして いる。それに大人達に呼ばれた理由もちょっと気になった。 「なんで呼ばれたんだろう……?」  誰もが思う疑問をポツリと口に出す。するとイムが姉のエマのスカートを引っ張って 小さな声で言った。 「やっぱあれかな。怖いって言ったからかな」  村の大人達がざわついている時は特に感じなかったが、こうやってシガツだけが 村長達に呼ばれ、もしかしたら叱られているのかもしれないと思うと、イムの小さな胸に 罪悪感が生まれた。  別にシガツが叱られたらいいとか思ったわけじゃない。ただ精霊はやっぱりちょっと 怖かったとみんなに言いたかっただけなのだ。  イムの言葉にニールは眉をしかめ、彼を睨んだ。 「何が怖いって?」  ニールの様子にイムは、『また殴られる』とビクリと身をすくめて姉の後ろへと慌てて 隠れた。その様子に小さく息をつきエマは口を開く。 「イムだって悪気はなかったのよ。森で遠目に狼を見かけて怖かったっていうのと 同じように、つい遠くだけど精霊を見て怖かったって言っちゃったんだわ」  本当にそれが原因でシガツが大人達に注意を受けているんなら後でちゃんと謝っとか なくちゃ。そうエマは心の中で呟いた。 「大人にこの間の話をしたのか」  だけどエマが庇おうとするのなんか関係ないとばかりに、ニールはイムを睨んだ。  すると「ひっ」と悲鳴をあげたイムと同時に小さなチィロもビクリと肩をすくめ、怯えた ような顔をした。  それに気づいたニールが慌てて言う。 「別にチィロに怒ったわけじゃないぞ」  優しい声を出したけれど、それでもチィロは不安そうな顔のままニールを見上げた。 「ごめんなさい。ボクも、お母さんに怖かったって話しちゃった……」  呟くチィロの顔は今にも泣きそうになっている。それに気づいたエマがチィロの視線に 合わせるように屈みこんだ。 「大丈夫よ。あの時話しちゃダメなんて、魔法使いは言ってなかったでしょ?」  エマに倣うようにマインも屈みこみ、チィロとイムに笑顔を向けた。 「そうそう。元々師匠もちょっとずつソキに会わせようとしてたんだし、それをちゃんと 説明するよ。だからその事でシガツが怒られる事はないよ」  きっとソキについて、師匠では分からない事を答えさせる為にシガツは呼ばれたん だろう。  マインはそう思い始めた。  イムとチィロが泣きそうな顔で俯き、エマとマインがそれを慰めているのを見て、『これ じゃあまるでオレが泣かせたみたいじゃないか』とニールは思った。別に誰もニールが 悪いとか謝れとか言っているわけじゃないが、どうにもこうにもバツが悪い。  居心地の悪さを感じながら空に目をやって、ふとニールはある事を思いついた。 「ようはその風の精霊が怖くないって分かれば、大人達の心配はなくなるんだろ。だったら 今から仲良くなって大人達に見せればいいんだよ」  元々村長達が来なければ、あの精霊の近くに行くはずだったし、仲の良い姿を見せて 大人達を安心させれば自分達のせいでシガツが怒られたんだとチィロが気に病まなくて 済む。なによりマインが、友達と仲良くしてくれたと喜ぶだろう。  自分があれだけ精霊に恐怖を感じていた事も忘れ、ニールは自分の考えに満足した。  だけどマインはその言葉を聞いて複雑な気持ちになった。  ニールからソキと仲良くしたいと言ってもらえたのは嬉しい。だけど……。 「今からソキを呼ぶの? 師匠のいないところで?」  ソキを呼ぶのは簡単だ。だけど春の夜祭りの後、師匠の許可なしにソキに会わせないと 約束している。しかも今はシガツもいない。 「大丈夫さ。本当だったらさっき、みんなで近くまで行ってたはずなんだから。それに マインの友達なんだから、みんなも早く友達になりたいだろ?」  ニールの言葉に他のみんなは戸惑いながらも頷いた。ニールがそう言うならという 気持ちが半分と、もう半分は本当にマインの友達なら仲良くしたいという気持ちから だった。 「でも、やっぱり怖いんじゃない? 本当に大丈夫?」  さっきだってキュリンギさんが歩き出さなければ、みんなソキに近づこうとしなかった のに。  躊躇しているマインに、エマが少し考えながら提案した。 「とりあえず、さっきみたいに遠い場所に来てもらったらどうかしら? やっぱり どうしても怖かったら近づけないだろうし、大丈夫そうなら近くまで行ってお話して みたいわ」  この言葉にはマインも心動かされた。まだ怖いと思う子がいても、遠くなら逃げる事も 出来る。 「それじゃあ……。さっきよりも遠くまで行って、ソキを呼ぶね。怖かったら無理して 近づいちゃダメだよ。今日じゃなくてもまた師匠がいる時に仲良くする機会はあるん だから」  それでもいい? とマインはみんなの顔をくるりと見渡した。  ニールはもちろん「うん」と頷き、チィロとイムも戸惑いながらも小さく頷いた。

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