よくある乙女ゲー転生だと思っておりました。  わたくしが前世を思い出したのは五つの時でした。  五つといえばまだまだ両親の元、家の中が世界のほとんどと言っても良いのではと 思います。それでも自分の住んでいる国の名前くらいは存じておりました。  ですから前世を思い出した時、わたくしは小躍りいたしました。  やったわ! 乙女ゲーの世界に転生したんだわ、と。  だけどすぐにガッカリもしましたの。なぜならわたくしの名前は、その乙女ゲーには 出て来ないんですもの。  前世を思い出したとは言いましても、事細かに思い出したわけではありませんの。  前世で印象深かったもの、大好きだったものの記憶は比較的に覚えていますけれど、 そうでないものに関してはかなり曖昧にしか覚えておりません。  つまりその乙女ゲーは前世大好きだったものの一つでした。ですからヒロインの名や 攻略キャラ、サブキャラの名前まできちんと全部覚えていました。  けれどその中に、わたくしの名前はなかったのです。  かなりガッカリしましたけれど、すぐに気を取り直しましたわ。だって、前世で読んだ ラノベの中にはモブキャラに転生というのもありましたもの。きっとわたくしは モブキャラ。もしくはモブとしてさえ出てないけれど、そこにいるはずの学園の生徒。  そう思いわたくしは胸を弾ませました。なぜなら別にヒロインや悪役令嬢に なりたいとは思っていませんでしたもの。どちらかというとモブになって乙女ゲーの 世界を、ヒロイン達の恋愛模様を生で眺めたいと思っていたのですから。  当時五歳だったわたくしは、早速お父様の元へ向かい言いましたわ。 「わたくし、大きくなったらミルジャーナ学園に通いたいんですの」  乙女ゲーの舞台、ミルジャーナ学園は良家の子女が通う学園。とはいえ、国中の貴族の 子女が通うというわけでもないのです。特に婚約者の決まっている令嬢達は学園へは 通わず家で花嫁修業に励んでいるらしいのです。  これはゲームに出てくる王子ルートで判明する設定。王子と仲良くなり始めた ヒロインに婚約者の悪役令嬢が「近づくな」と言うと、王子が悪役令嬢にこう言うのです。 「私の婚約者だと言うのなら、家で大人しく花嫁修業をしていれば良い。婚約者のいる 他の令嬢は皆そうしているというのに……」  ゲームのヒロインはこれに対して悪役令嬢をかばうように、王子様に物申しますの。 「婚約者の有無に関係なく、女性だって知識を得たいと思っています。そんなふうに 言わないで下さい」  それまでもヒロインの優しさに心惹かれていた王子様ですけれど、この台詞でますます 好きになってしまうのです。  なぜならこの学園に通う令嬢の多くは相手がまだいない方達。この学園でそのお相手を 見つけようとなさる方達もいらっしゃいました。そして中には側妃で良いからと王子様に 近づく方もいらっしゃいましたの。  けれどヒロインは純粋に知識を得たいとこの学園に通っていた。そこに王子様は 惹かれるのです。  とまあ、そういうストーリーというか設定でしたから、モブとはいえ婚約者のいる 女性は学園には通いにくいのです。  わたくしのお父様は男爵ですから、そこまで早くわたくしの婚約を決める事はないと 思いたいのですが、先手を打って学園に通いたいと意思表示する事は必要だと 思いましたわ。  けれどお父様から返ってきた言葉は信じられないものでしたの。 「ミルジャーナ……学園? なんだいそれは。初めて聞くな」  わたくしは甘やかされて育ちました。当時も「そろそろお勉強を始めなくてはね」 程度で、まだこれといって何も教わってはいませんでした。  厳しい家や教育熱心な家では五歳にもなれば貴族としてのマナーや知識をどんどん 叩き込まれるそうですけれど、わたくしはその時まだ、この国を治めている陛下の名さえ 存じ上げませんでした。  ですから当然知るはずもなかったのです。乙女ゲーの攻略対象である王子様と、 現第一王子殿下の名が違うという事を。  たまたま前世の乙女ゲーの世界とこの国の名が同じだけだったのか。それとも同じ 世界だけれども時代が違うのか。  がっかりでしたわ。どちらにしろ今ここにヒロインも攻略対象も悪役令嬢もいないと いう事なんですもの。  神様は何のためにわたくしに前世の記憶を思い出させたのでしょうか。  遅まきながら始まった、貴族の令嬢としてのお勉強も、身が入りませんでしたわ。 もちろん最低限のマナーや知識は覚えましたけれど。

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