伯爵様サイド その2  だけど運命は残酷だ。 「ウチの娘を嫁にどうかね」  紳士の集まりで、ある男爵が単刀直入にそう言ってきた。 「へぇ、可愛い娘じゃん。けどサウスは女嫌いだから残念だけど……」  友人の一人がそう言いながら、俺を見て固まった。  だってしょうがないだろ。さっきの台詞と一緒ににこにこと男爵は娘の絵姿を俺に 差し出してて、当然それは俺の目にも入ってきて……。  金髪碧眼のサンローズ!  俺の理想そのものがそこにあった。当然俺はその絵姿を食い入るように見てしまったし、 たぶん顔も赤かったと思う。  それに気づいた友人は、言いかけた言葉を撤回する。 「とうとうサウスも恋に落ちたか!」  男爵も嬉しそうに笑みを浮かべる。 「話を進めてもよろしいですかな?」  良いわけがなかった。どう考えても彼女がサンローズの母親だ。俺たちが結ばれれば 必ずサンローズが産まれるだろう。  だから断るしかなかった。 「い、いえ。私は……」  その絵姿が欲しいと思いながら、俺は男爵にそれを返す。 「ウチの娘は多少世間知らずなところがあるが、そこは伯爵様が導いて下さると嬉しいの だが」  男爵は尚も娘を勧めてくる。だが結婚するわけにはいかないと、俺は首を振った。 「私は誰とも結婚する気はないのです」  これまでだってずっとそう言って縁談を断ってきた。  それを聞いていた友人が、ため息を付きながら言う。 「そうなんですよ。こいつずっとそう言って縁談どころか恋人の一人も作りゃしないんです。 諦めて下さい」  有り難い援護だと思ったのも束の間、友人はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。 「代わりにクォーノス伯爵なんていかがです? 彼もまだ独身ですよ?」 「莫迦な事を言うな。クォーノス伯爵は確かもう五十を越えているだろう?」  つい、口を出してしまった。男爵は一瞬驚いたようだったが、すぐに笑みを浮かべ頷く。 「そうですな。しかしそういう縁談も互いに利があるなら、ありえなくもありませんな」  そうだ。政略結婚ならば親子どころか祖父のような歳の相手と結婚させられる娘も いるじゃないか。  けど、ダメだダメだ。五十のオッサンの毒牙にかかるだなんて……。 「ああでもお嬢さんはまだ十六歳でしたね。さすがにそれは可哀想かな」  言い出した本人ではあるが、友人がそう言ってくれてホッとする。娘を可愛がっている 父親なら候補から外してくれるだろう。  そう思ったのも束の間、俺の狼狽えぶりを楽しむかのように笑いながら友人が言う。 「というわけで、ダガン男爵子息などどうでしょう。かれなら独身だし年回りもお嬢さんと 近い」 「馬鹿を言うな。あいつは女に手が早い上に加虐趣味を持ってるだろうっ?」  有名な話だ。手当たり次第に女を喰って、しかも暴力を奮っている。おかげで年頃の 娘を持つ貴族は決してあいつの傍に娘を近づけることはないし、使用人でさえ女性は 出来るだけ近づけさせないようにしている。あそこの家の使用人は現在、男と年配の 女性だけらしい。  息子の性癖を止められない父親も悪いと思うが、やりたい放題のあいつは最近下町の 娘を拐かしては屋敷に連れ帰り、嬲っているという噂だ。 「さすがに私も彼の噂は知っているよ」  さすがに自分の娘をそんな男の元へ嫁がせる気はないと男爵も眉を顰めている。 「申し訳ありません。しかしそうなりますと……」  友人は顎に手を当て考えるフリをして突然、「ああ」と手を打った。 「僭越ながら、私もまだ決まった相手がおりません。まあ、候補となる御令嬢とは幾人か お会いしておりますが。男爵さえお嫌でなければ、お嬢様を候補の一人に加えましょうか」  にこりと笑って友人は、男爵が先程俺に見せてくれた御令嬢の絵姿へと手を伸ばす。 「ああ、これは美しいお嬢さんですね。早くも第一候補へと躍り出そうだ」  友人の言葉が俺をからかう冗談にも本気にも聞こえて焦る。友人は悪い奴じゃない。 まだ婚約者を決めあぐねてはいるが、ちゃんと決まればその人を大切にするだろう。 「自慢の娘です。が、しかし少々世間知らずなところがあるのと、あと、あまり賑やかな 場所が得意ではないのですよ」  だから先に俺に声が掛かったのか。俺もパーティー等にはほとんど出席しないから。 「大丈夫ですよ。確かに私はパーティー好きですが、嫌がるものを無理に誘う事は いたしません」  友人の言葉に男爵の気持ちが傾くのが分かった。  友人は悪い奴じゃない。彼の元へ嫁げば彼女は、きっと幸せになれるだろう。  そう考えた頭の隅でふと、二人が肌を重ねている姿が浮かんだ。 「ダ、ダメだダメだっ」  つい声を荒げてしまう。 「何がダメなんだ。あー、グラスまで落としちまって……」  気づけば手に持っていたはずの飲み物のグラスを落としていた俺を、可笑しそうに笑う 友人の顔が憎くさえ感じてしまう。 「お前は、俺をからかう為に言ってるんだろう?」 「その内誰かを娶らなければならないのだから、彼女を迎え入れたならちゃんと幸せに するさ」  ひょうひょうと友人が答える。そこに男爵が口を挟んだ。 「世間知らずの娘ですから早めに婚姻を進めたい。ここで話が決まらないのであれば、他に 話を持っていこうと思うのだが」  先程友人と彼女の姿を思い浮かべてしまったせいで、今度は自分の知らぬ男に抱かれる 彼女の姿を思い浮かべてしまった。身体中が燃えるように熱くなる。 「ダメだ!」  ついまた叫んでしまった。 「ではどうしろと?」  男爵の言葉に、俺はついに観念した。 「私が、お嬢さんを貰い受けます」

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