たぶん最終章、レースの魔法の女神様の再来と呼ばれるのは                          また別のおはなし。 その10  今回シオハさんが持ってきていたのは、ちょっとした生活雑貨や小物だった。生活 必需品は足りていると言うと、シオハさんは可愛らしい小物とかをテーブルの上に 並べだす。 「あ、これかわいい。けど何に使うものなの?」  手のひらサイズの小さな置物のようなそれは、可愛らしいうさぎの形をしていて、手に 取ると思ったよりズッシリとしている。 「そちらはちょっとした文鎮ですね。メモが飛ばないように置いたり、本のページがめくれ ないように置いたりする物です」  にっこりと笑って説明してくれる。 「ああ! なるほど。うん、かわいい。そっかぁ、文鎮かぁ」  文鎮と言われて思いつくのは、習字の時間に使ってた何の可愛げもない細長い金属の 棒。よくよく考えるとクロモも、あれとは違うけどシンプルな文鎮を書き物をする時に 使ってた。 「いかがでございますか? お値段もお手頃となっておりますが……」  わたしの心が揺れているのが分かるんだろう、シオハさんがそう言って勧めてくる。 「うーん。今すぐ必要な物ではない……けど、自分用のって持ってないし、クロモも気に 入った物があったら買っていいって言ってたし、本を押さえるのに使えるんなら買っても いいかも……?」  最近は寒いから窓を開けっ放しにする事は少なくなったけど、夏場は割と窓開けっ放し で風を通してた。だから実際ちょっとしたメモが風で飛んだり本のページが捲れたり しないように、コップとか別の本とかその辺の物を代用したりしてた。 「他にはこのような物もありますが……」  シオハさんはにっこり笑って更にカワイイ小物を取り出してくる。さすが商売人、 ぬかりがない。 「このような物もお好きでしょう……?」  さっきのがうさぎだったから、わたしが小動物好きと思ったのか、色んな動物が モチーフの小物を出してくる。 「か、かわいい」  リスやネコ、小鳥。色とりどりのかわいらしい小物たち。 「これはここがこう、開きまして……」  ひとつひとつ丁寧にシオハさんがどう使うのかを説明してくれる。可愛くてつい、 それに見入ってたんだけど、ふとシオハさんの体温を感じて顔を上げた。するといつの 間にかシオハさんは、わたしのすぐ隣に座っていて、しかもそれが今にも身体が 触れそうな距離だった。 「せ、説明ありがとう。どれも可愛いけど、さすがに全部は買えないから最初に見た うさぎの文鎮だけいただけるかしら」  お姫様っぽく聞こえるよう、お姉さんみたいな口調で喋りながら、不自然に見えない ようシオハさんから離れる。  きっとシオハさん説明するのに一所懸命すぎて無意識に近づいちゃったんだよね?  シオハさんは近すぎたことに気づいてなかったようにただ「ありがとうございます」と 頭を下げ笑顔を見せた。 「それではこちらは、おまけです」  うさぎの文鎮と一緒に、シオハさんはカバンの中から小さな包みを取り出してわたしに 差し出した。 「え? わ。いいんですか? ありがとうございます」  シオハさんはいつもこうやってちょっとしたおまけを付けてくれたりする。そうやって 顧客を逃さない作戦なんだろう。ホント商売上手だよね。  だからいつものように受け取ったんだけど、その袋を持った途端になんだか違和感が あった。 「あれ? なんだろ。中身見てもいいですか?」  そういえばいつもは、出してある商品の中から安価そうな物をチョイスして「おまけ です」ってくれる。買った商品も、今買ったうさぎの文鎮だって特に包装せずに手渡して くれる。  なのにそれは、簡単にとはいえ、ちゃんと袋に入れてあった。 「もしかしてこれ、他の人にあげる予定があったんじゃないですか?」  間一髪、封を開ける前にその事に気がついて手を止める。だけどシオハさんは 「いいえ」と首を振った。 「元々ニシナ様に差し上げるつもりだったのです。どうぞお受け取り下さい。 ……ご主人にはご内密にしていただけると嬉しいです」 「え……?」  わたしを見つめるシオハさんの目に、熱がこもっている気がして嫌な予感がした。 これ、受け取らないほうがいい。 「あの。そういうのは受け取れません。ごめんなさい」  絶対トラブルの元。そんな気がする。 「大丈夫。高価な物ではありませんから」  そうシオハさんは言うけれど。 「でも、やっぱりダメです」  そう言ってわたしは、その包みをシオハさんに返そうとした。けどシオハさんは 受け取ってくれない。それでも返さなきゃと、もう一度差し出した途端、さっき 開けかけていた封が完全に開いて中身がこぼれ落ちた。 「あ」  カシャンと音を立てて落ちたのは、どこか見覚えのあるネックレス。 「ごめんなさいっ」  慌てて拾い上げる。傷がついてないといいけど。 「いえ。以前も申し上げましたが、そちらはどんなドレスにも合わせやすいですし、 ニシナ様にとてもよくお似合いでしたので……」  言われて思い出した。そうだこれ、シオハさんが初めて来た時に勧めてくれた ネックレスだ。  だけどあの時わたしは、クロモの瞳の色をしたネックレスを選んだからこの ネックレスは買わなかった。  シオハさんが口にする言葉は、あくまで商売人としての口上だ。高価な物じゃないって 言い分が本当なら、使ってある石はガラス玉かそこまで高価じゃない宝石なんだろう。  けどシオハさんの瞳は、言葉とは全く別の事を訴えるように熱い瞳をしている。  それにわたしは気づいてしまった。このネックレスの石の緑、そして鎖の金色は、 シオハさんの瞳と髪と同じ色だと。

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