神社と図書館 1  翌日、戒夜と透見と棗と〈救いの姫〉の四人で朝食後、家を出た。 「疑うわけではないのですが姫、神社までの道はお分かりですか?」  戒夜の問いかけに〈姫〉は「うん」と頷く。  門を出た所で立ち止まったって事は、わたしがどちらに行こうとするか、確認してるのかな。  そう思いながら〈姫〉は指さす。 「こっちでしょ?」  迷うことなく〈姫〉は歩き出し、他のみんなも後に続いた。  すぐに棗が〈救いの姫〉の横に並び、戒夜と透見がその後ろを歩く形になる。 「疑うなんて失礼ですよね、姫様」  棗はそんな風に言うけど、彼女はそんなに気にならなかった。 「仕方ないよ。わたし自身、記憶がないのにこの島の地理が分かってるのが不思議でたまらないもん」  言いながら右の小道に足を向けると、後ろの二人が一瞬声をあげた。どうしたのかなと思い〈姫〉が 振り返ると戒夜が首を振る。 「お気になさらず。どうぞお進み下さい」  疑問に思いながらも頷き前を進む。小道を抜け、少し入り組んだ路地を抜けると神社の鳥居が見えて きた。 「さすが姫。お見事です」  感心したような戒夜の声に彼女は首を傾げた。  そんなに本当に道が分かるのか、疑われてたんだろうか。  すると透見が静かに説明してくれる。 「先程〈救いの姫〉が通られた道は、余程地元に精通した者しか通らない道なのです。普通はもう少し 分かりやすい、大きな道を使います」  言われてそういう道順もあった事を思い出す。  余所の人を案内するんなら、きっとわたしもそっちの道を使っただろう。  だけどみんな地元だから知ってるだろうと、無意識にあの道を選んでいた。 「さすが姫様。そういえば今の道、近道だけど余所者はちょっと通りづらいですよね」  感心しきりといった様子の棗に、〈救いの姫〉は曖昧に笑みを浮かべた。  地元の、しかも一部の人しか通らない道を案内された時、透見は正直驚いた。最初にあの路地に 入った時は道を間違ったのではと疑ったくらいだ。  その気持ちを隠しつつ神社の階段を登り始めた時ふと透見は、自分の姫君はこの階段が苦手だったなと 思い出した。いつも肩で息をしながら、それでも懸命に登っていた。  戒夜もそれに思い至ったのか、ふと足をゆるめ〈救いの姫〉に声をかける。 「少し段数が多いですが、大丈夫ですか?」  言われて〈姫〉は階段を見上げた。  確かに少ないとは言えないけれど、神社の階段なんてこんなものじゃないのかな。  そう、〈姫〉は思う。 「このくらいは平気だよ。駆け上がれって言われたらちょっときついかもしれないけど」  悪気のない〈救いの姫〉の言葉が透見の胸をちくりと刺した。 「そうでしょう。〈救いの姫〉はまだお若いのですから」  ついイヤミの様な言葉が出てしまって透見は落ち込んだ。彼女は何も知らないというのに。 一所懸命だった自分の姫君を見下されたような気がしたのだ。  早く割り切らなければ。目の前にいるのは私の姫君が使わした、新しい〈救いの姫〉。ならば 魔術師として、しっかりと彼女を守るべきだ。  そう透見は自分に言い聞かせる。  そんな透見の小さな呟きに〈姫〉は何か引っかかるものを感じていた。  ここにいるみんな、そう歳は変わらない筈なのに、どうして『若い』なんて言葉が出てくるんだろう。  だけど答えを探せないまま、棗が不意に話題をふってきた。 「ところで、神社で何するの? とりあえず参拝する?」 「そうですね、せっかく神社に来たのですから」  言いながら透見は遠くを見る様な瞳をした。  ひとまず参拝を済ますと戒夜は境内の端の展望台のようになっている場所へと向かった。みんなで 付いて行き、そこから街の風景を見下ろす。 「この神社に来て、何か感じられましたか?」 「え? 何かって?」  やっぱりこの神社に何かあるんだろうか?  神社を振り返り、何かを感じ取れないかと〈姫〉は神経を研ぎ澄ませてみた。  だけど何かと言われても、神社だなぁと思うくらいしか感想はない。  戸惑う〈救いの姫〉に戒夜は続けて言う。 「ここから見下す風景は?」  その言葉に〈姫〉は手すりに寄りかかるようにして街の風景を見下ろしてみた。  知らないはずのその景色だけど、知識としてどの辺りに何があるのかは分かる。だけど分かると いうだけで、特にこれといった感想は出て来ない。  正直にその事を言おうとした時、不意に戒夜が〈姫〉の隣に立った。その距離の近さにびっくりして、 思わず彼女は一歩離れる。 「あの……?」 「何してんですか! 戒夜さん」  今の行動に棗もびっくりした様に口を挟んできた。 「確認作業だ。姫、空を見て何か思う事は?」  宙を指さし戒夜が言う。だけど〈救いの姫〉は首を捻るしかない。 「ああ、そうですね。何かの感情が浮かび上がりませんか? 例えば……喜び、悲しみ、怒り、恐怖、 切なさ……」  戒夜の言いたい事が分かるのか、透見がそんな質問をしてきた。だけど〈姫〉はやっぱり、空を 見ても空だなぁとしか思わない。 「あ、もしかして……」  ふと、心に思いついた事を言ってみる。 「その空鬼とかいうのが現れるかどうか、〈救いの姫〉は感知出来るとか……?」  透見の言った怒りとか恐怖とか、そういった感情がわき起こるのかもしれないと思い、みんなを見る。 「そう…ですね。目覚めればそういった事も可能かもしれませんが、今はそれとは別で何か感じま せんか?」  それとは別で?  そう言われた事に、〈姫〉はちょっとホッとした。空鬼を感知する自信なんてまるでなかった。 だけど透見の言葉を聞く限り、まだ〈救いの姫〉としてちゃんと目覚めてないからそれは出来なくても おかしくないのだと知り、〈救いの姫〉は安心した。  未だに自分が〈救いの姫〉なのか少し自信がない分、ちょっとした事で不安になっちゃう。これじゃ ダメだよね。知らない筈のこの街の地理が分かるんだもん、それは〈救いの姫〉だからなんだから、 もっと自信を持たなくちゃ。  もう一度〈姫〉は空を見上げた。青々とした、気持ちの良い空が広がっている。  だけど空は空だ。ここから見上げても、屋敷から見上げてもそれがどう違うのかが分からない。 「なんなのよ、二人とも。姫様に空を見せて何が分かるの?」  棗もこうしている理由が分からないらしく、拗ねたように二人に言う。 「ここからの景色が姫の記憶を刺激して何かを思い出さないかと思ったのだが、無駄だったようだ」  戒夜の言葉が〈姫〉の胸に突き刺さる。 「ゴメンナサイ……」  つい謝ると、透見が無表情のまま首を振った。 「いえ、〈救いの姫〉は何も悪くありません。万が一を試しただけで何も感じなくても問題は ありませんから」  そうは言ってくれるけど、みんなが神社を気にしてるんだもの。〈救いの姫〉となんらかの関わりが この神社にはあるのかもしれない。  そう思ってもう一度景色を見渡し空を見上げてみたけれど、〈姫〉の胸の中にこれといった感情は 浮かんでこなかった。

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