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 エリティラは空間移動をするのは初めてだった。それはそうだろう。そんな事が出来るのは上級の 魔法使いだけだ。 「慣れないと少し気持ち悪くなるかもしれないが、少しの間の事だ」  アルトワースはそう言い、彼女に手を差し出した。  エリティラはその差し出された手に、躊躇した。  空間移動するのに、彼に繋がっていなければならない事は分かっていた。けれど、今までこんなに若い、 しかもこんなに素敵な男性の手に触れたことなんてなかった。若い男性が相談にやってきた事は何度か あるけれど、エリティラに触れようとする男の人なんていなかった。  人の色恋の相談を受けておきながら、自分自身男の人の手にも触った事がないなんて、笑えるわよね。  自嘲しながらエリティラは彼の手を取った。するとアルトワースはその手をぐいと引き寄せ、気が つくと彼の腕の中に抱き寄せられていた。  彼の熱い体温と体臭を感じ、エリティラの身体はカッと熱くなった。しかしそんな事を意識している のは彼女だけのようで、アルトワースは気にした風もなく低く呪文を唱え始めた。  目の前の景色がぐにゃりと変化し、身体がフワリと浮き上がる感覚に見舞われる。  初めての経験にエリティラは知らず知らずにアルトワースの胸にしがみついていた。  魔女とはいえ、こんな風にしていると普通の女性と変わらないな、とアルトワースは思った。  いや、甲高い声でキャーキャー騒がないところはさすが魔女というべきなのか。  やがて二人は城門の前に舞い降りた。慣れない空間移動にそのまま崩れ落ちそうになったエリティラを 再びアルトワースは抱き寄せた。気が抜けて力が入らないのだろうか、先程は意識しなかった彼女の 柔らかさを感じて彼は一瞬ドキリとした。 「一人で立てるか?」  言葉と同時に彼は彼女から離れた。 「ええ、ありがとう」  彼女は多少ふらつきながらも自分の足で立つ。  別に女性を抱き寄せるのは初めてではない。女性特有の身体の柔らかさを感じるのも、初めてではない。 なのに何を意識しているんだ?  一瞬の感情にアルトワースは眉をしかめた。  いや、今から彼女を妻にする許可を貰いに行くのだ。研究の為に払う犠牲とはいえ、結婚するのだから 多少は意識しても当たり前なのだろう。  彼は頭を振りながらそう自分を納得させた。  エリティラはというと、多少まだ頭がフワフワしていたがすぐに治るだろうと大きく深呼吸をしてみた。  クラクラしているのは初めて空間移動を体験したからよ。決して彼に抱き寄せられたからじゃないわ。 そんな事より頭を早くはっきりさせておかないと。今から王に会いに行くんだから。  その事を考えるとますます頭がクラクラしてきそうだったが、エリティラはなんとか落ち着こうとした。 大きな城門が間の前にそびえ立つのが目に入ってくる。 「アルトワース様、お珍しいですね。お客様ですか?」  門番をしているらしい兵士が声をかけてくる。ここ最近平和なので、門番ものんきなものだった。 王付きの魔法使いが連れてきたというのもあるのだろう、チラッと見ただけで質問さえせずに新顔の エリティラを笑顔で通してくれた。他の人たちも、特に調べる事なく通しているようだ。 「聞いてもいい? さっきの門番が珍しいって言ってたけど、なにが珍しいの?」  案内するように先に行くアルトワースの後を追いながら尋ねてみた。すると彼は振り返ることなく 答える。 「私が城門を通ることは滅多にないからだろう」  滅多に通らないって、毎日私の村まで来ていたのに。他に裏口があるのかしら。  そこまで考えて、そうじゃない事に気づいた。空間移動の魔法を使える魔法使いなのだ彼は。いちいち 城門をくぐる必要なんてない。 「今日は君を連れていたから門を通った。初めて来る者を門を通さずいきなり城内へ入れるわけには いかないからな。それに君も門を見ておきたいだろうと思ってな」  エリティラの考えている事を見透かしたようにアルトワースが言う。  確かに、王都に来るのも城に入るのも初めてなのでいきなり城内に入るよりは外からも見てみたかった。 田舎者と思われるだろうがやはりどんな風なのか興味ある。そして実際に見てその大きさに感激していた。 だけどうっとりと見とれている暇はなかった。アルトワースは彼女を待つことなく歩き続けたからだ。 王への謁見の時間は限られている。のんびり見学している暇などなかった。  それでもエリティラは彼の後をついて歩きながら辺りを見物した。村以外の場所しか知らなかった 彼女にとって、何もかもが大きく賑やかだった。話には聞いていたけれど、こんなに広いなんてこんなに 大きいなんて。  アルトワースに連れてきてもらって良かったわ。  エリティラは彼を見て息をついた。  わたし一人で来ていたらきっと、門の所で怖気づいて入れなかったかもしれない。それとも謁見の間に 辿り着く前に迷子になっていたかもしれないわ。そうなれば否応なく王はアルトワースに結婚の許可を 出してしまっただろう。そうならない為にもなんとか王を説得しなければ。  エリティラは前を行くアルトワースをキッと睨みつけた。

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