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 謁見の間ではもう王へのお目通りが始まっていた。アルトワースは謁見の間のそばの小さな部屋に エリティラを案内して言った。 「私達の話は一番最後だ。それまでここにいなさい。順番がきたら呼ぶから」  そして彼は謁見の間へと一人で入っていった。  考えてみれば謁見の順番までもう決まっているなんて、何もかもアルトワースの思惑通りのようで エリティラは嫌な気持ちがした。けれど王もそうそう一般人に付き合っていられないだろうし、二人の 用件は一緒なのだから彼が申し込んだ順番でも仕方はない。  エリティラはため息をつきながらあれこれ考えて不安な気持ちを覆い隠そうとした。  何人かの人が謁見の間に入り、出て行った。すぐそばにある部屋だからだろうか、耳を澄ませば何を 話しているのかが聞こえてくる。用件は主に税のことだったり橋を架けて欲しいとかだったりのよう だった。そしてそれを訴えているのは村長だったり町の有力者だったりのようだ。  エリティラは震える手を押さえつけて深呼吸した。  緊張しちゃダメ。きちんと言うべき事を言って結婚は無しにしてもらわないといけないんだから。  もう一度深呼吸していると、部屋をノックする音が聞こえた。まだ幼さが残る少年が告げる。 「こちらへどうぞ。アルトワース様がお待ちです」  とうとうきたのね。  エリティラは震える足に気づかれないよう平静を装って少年の後をついていった。少年は広間の入り口 まで来ると立ち止まり、エリティラに中に入るよう促した。他の謁見者はもう皆退出したらしく、 広間には王と王妃、アルトワースと数人の召し使い達しかいなかった。緊張しながらも前へ進み出ると、 アルトワースが傍へとやって来た。 「さて、今日最後の謁見者はそなただったな? アルトワース」  言いながら王と王妃の目は珍しそうにエリティラに向けられていた。値踏みされるように見られている ことに気づき、エリティラは頬が紅くなるのを感じた。  たぶん大雑把な話はもうしてあるのね。だったら尚更がんばって許可が出ないようにしないと。  そんなエリティラの思いに気づいているのかいないのか、アルトワースは静かに口を開いた。 「実は陛下、私アルトワースがここにいるエリティラを妻に迎えることをどうかお許しいただきたいの です」  単刀直入に言うアルトワースに王は笑みをむけた。 「アルトワース、いつの間にそなたこんなかわいらしい娘さんを見つけたのだ? それに許可を得るのは 我ではなくその娘の父親にであろう?」  たぶん、その辺りのこともあらかじめ話してあるのだろう、アルトワースも動じず笑みで答える。 「彼女に父親は居りません故、陛下に許可をいただき正式に結婚したいと望んでいるのです」 「なるほど。して娘よ、そなたの名は? どこの出身かな?」  突然王に声をかけられ、エリティラはドキリとした。だけど、緊張している場合じゃない。気持ちを どうにか落ち着かせながらエリティラは答えた。 「エリティラと申します。テアナン村の魔女にございます」 「ほう、魔女とな?」 「はい」  興味深げに王はエリティラを眺めた。 「やはり魔法使いの伴侶は魔女が良いものなのかな」  アルトワースに尋ねたとも独り言ともとれるように王は呟いた。  さあ、早く言わなければ。このまま質問にだけ答えていたのでは結婚の許可が下りてしまうわ。  決意してエリティラは大きく息を吸い込むと、王の瞳を見据えてはっきりと言った。 「恐れながら、陛下。わたくしはアルトワース様との結婚を望んではおりません」  エリティラの言葉に王は驚いた。王族や貴族の中にはこんな風に自分の意見をはっきりと言う女性は 稀にいたが、魔女とはいえ平民の娘がこんな風に王に口をきくのを見たのは初めてだった。  アルトワースはというと、エリティラのこんな行動も想定内だったのかさして気にした風でもなく やり取りを見守っている。 「他に結婚の約束をしたものがおるのか?」  そうならばいくらアルトワースが国一番の魔法使いとはいえ、結婚の許可は出せない。しかし エリティラは首を横に振った。 「いいえ」  他に約束をした者がいると嘘をつけば、アルトワースは王に嘘であることを告げるだろう。そうなると、 そのままアルトワースの言う事を信じた場合も、どちらが正しいのか調査された場合もエリティラは 窮地に立たされる。王に嘘を言うことは出来ない。  エリティラの言葉に王は不思議そうに尋ねた。 「ならば何の問題があるというのだ?」  アルトワースは地位も財産も持っている。容姿も悪くはないし、エリティラと年齢が離れている訳でも ない。嫌がる理由などどこにも無いではないか、と王は思っているようだ。  だがエリティラはキッパリと言った。 「わたくしはアルトワース様にふさわしくはありません」  この言葉を王はどう受け取るだろう。王付きの魔法使いと村の魔女。それだけでも充分身分差があると 思ってくれればいいのに。  だがすでにテアナン村の魔女だと名乗った。それでも特に難色は示さなかったのだから、王は その辺りは気にしていないのだろう。  案の定、王は言う。 「おかしな事を言う。魔法使いと魔女、これ程似合いの夫婦もないと思うが」  王の言葉を聞きながら、エリティラはちらりとアルトワースを盗み見た。だがエリティラが こういうことを言うことも予想していたのだろうか、動揺した様子は微塵もない。だけど本題は これからだ。 「陛下はご存じないのでしょうが、そもそも魔法使いも魔女も結婚するものは稀でございます」  嘘ではない。魔女や魔法使いが結婚するなんて事は本当に稀なことだ。実際にエリティラは祖母の 時代に結婚したらしい魔女がいたという話を聞いた事があるだけで、他に例を知らない。 「そうなのか?」  しかし王に問われたアルトワースは落ち着いた様子でそれに答えた。 「正式に結婚する者は確かに少ないでしょう。ですが魔法使いも魔女も、ほとんどが魔女から産まれます」  それも本当の事だった。魔女や魔法使いの母親はほとんどが魔女だ。ごくたまに普通の人から魔法の 力を持つ者が産まれる時があるらしいが、あまり高い能力はないらしい。だから魔法は女の血を通して 受け継がれると考えられている。  そうして産まれた女の子は魔女として母親の元で育てられ、男の子は幼児期までは母親の元で育つが、 それを過ぎると魔女の親戚の魔法使いか、弟子を捜している魔法使いに託されるのだ。  王は興味深げにエリティラとアルトワースの二人を見ている。エリティラは怯まず王の目を見て言った。 「ですがその父親が魔法使いということはほとんどありません。魔法使いは女と交わることでその能力を 衰えさせる為、女を遠ざけているのです」  これが切り札。これこそが逃げ道。  魔法を司る者なら誰でも知っている知識だが、そうでない者は知らないかも知れない。だから王は 知らないかもしれないとエリティラは思った。  ならばその事を王に知らせる事によって、結婚の許可が下りなくなるかもしれない。なにせ アルトワースは国一番の魔法使い、王付きの魔法使いなのだから。結婚することによって彼の能力が さがってしまえば困るのは王やこの国なのだから。 「そういえばアルトワースも今まで言い寄る女達を遠ざけていたな? どうなのだ、アルトワース。 そなたの能力が少しでも衰えるというのならこの婚姻、賛成は出来ぬが?」  半信半疑の様子で王はアルトワースに尋ねた。  どうかこのまま賛成しないで。  エリティラは息を飲み祈った。しかしアルトワースはにっこりと笑って言ったのである。 「迷信でございますよ、陛下。確かにそのように信じている輩も居りますが、なんの根拠もないことです。 私が今まで女達を遠ざけていたのは、単に研究の邪魔になるからです」  なんてこと。王の信頼を得ているからって嘘をつくなんて。  エリティラは王の御前である事も忘れてアルトワースに食って掛かった。 「迷信ですって? 力ある魔法使いは誰もが女を寄せ付けようとはしないのに? 今まで名のしれた 魔法使いが結婚したり子を残したという話は聞いたことがないわ」  憤りが収まらないままエリティラは彼を睨みつけたが、アルトワースのほうは気にした風もなく エリティラにそして王へと笑顔を向けた。 「君が知らないだけさ、エリティラ。陛下はご存知のはずです。カイライダ王の時代、やはり王に 仕えていた魔法使いが魔女と結婚しております。その魔法使いセンタリスは結婚後、ますますその力を 増し幾度も王の危機を救ったと言われております。また、その息子も素晴らしい魔法使いに成長し、 次代の王に仕えております」  アルトワースの言葉に王は悠然と微笑んだ。 「そうだったかな。では我に反対する理由は無くなったな。魔女よ、安心するが良い」  王はそう言うと、高らかに宣言した。 「魔法使いアルトワースと魔女エリティラの結婚を許す。近い内に城内にて結婚式を執り行うものとする」  アルトワースが頭を下げ、召し使い達もまた頭を下げていた。謁見はもう終わりなのだ。もう王に 意見を言うことは叶わない。二人の婚姻は王の名の下に約束されたのだ。  エリティラは悔しさを押し隠したまま頭を下げた。

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