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      6  泉での一件があってから、エリティラはアルトワースにどう接したら良いのか分からなくなっていた。 昼は平静を装って彼の仕事を手伝っているけれど、夜になれば別々の寝台とはいえ同じ部屋にいる彼を 意識せずにはいられない。泉で思い描いてしまった裸の彼を想像してしまい、その事に気づかれないよう 必死に眠ったふりをした。  アルトワースもまた、泉で見た彼女の姿が忘れられず眠れずにいた。目を閉じるとあの時の彼女の姿が 浮かび上がり彼を困惑させた。隣で眠る彼女に手を伸ばしそうになり、慌ててその気持ちを打ち消した。  そして彼は夢のない眠りにつくために自ら調合した安眠茶を飲んで眠るようになった。  昼は魔法研究に没頭し、頭の中から泉での出来事を追い出そうとした。色々と調べたり考え事のある アルトワースはやがてそれを頭の隅に追いやることに成功したが、エリティラはそうではなかった。  物探しの依頼も以前ほどは来なくなったし、アルトワースの仕事を手伝うといっても簡単な雑用ばかり だ。一時期人気のあった香りの調合の依頼も今はほとんどない。季節が変わればまた違う香りを欲しがる かもしれないけれど、今は主だった女性たちのほとんどが自分のお気に入りの香りを手に入れていた。  なのでぼんやりとする時間がたっぷりあるエリティラは、ついあの泉での事を考えてしまう。あの時、 溺れかけた自分を引き上げてくれたたくましい腕、抱きついた時に感じた広い胸。衣服を挟まず素肌で 触れ合ったなら、どんな感じがするのだろう。  魔法書を読む彼を盗み見ながらついそんな事を考えてしまう。  今晩、私から手を伸ばしてみようかしら。  そんな考えが浮かび、自分でも驚いた。心と心が触れ合うまではと思っていたけれど、もう良いのかも しれない。少なくとも彼は約束を守ってくれているし、気も使ってくれている。反対にエリティラは 自分が彼の期待に応えられているかは自信がなかったけれど。  だけどこんな風に彼を盗み見て身体を熱くしたり眠れぬ夜を過ごしていてもどうにもならない。  けれどそうと決めてしまうと、なんだか落ち着かない気分になった。なんとか気持ちを落ち着けようと エリティラはお茶を入れるために立ち上がった。 「お茶を入れましたわ。一息つきません?」 「ああ、ありがとう。そこに置いといてくれ」  お茶を彼の前に置き、彼女も座ってお茶を飲む。けれどアルトワースは魔法書から目を上げようとは せず、やがて彼女はお茶を飲み終えてしまった。  静かな午後の陽射しはポカポカと部屋を暖め、何もする事のないエリティラはついウトウトしそうに なった。寝不足でもあるし、このままでは居眠りをしてしまう。彼女は慌ててあくびをかみ殺し、 立ち上がった。 「あの、ちょっと外の空気を吸いに行ってもいいかしら?」  外に出れば眠気も覚めるかもしれない。 「ああ、どうぞ」  アルトワースはやはり顔を上げることなくそう呟いた。  エリティラが部屋を出ていく音がして少ししてからやっと彼は顔を上げ、冷めたお茶に手を伸ばした。 本に集中している時は良いが、休憩している時に彼女が目に入ると途端に彼女の事が気になって緊張して しまう。  なので今、彼女がいない事にアルトワースはほっとしていた。  立ち上がり身体を伸ばすと彼は、疲れた目を休める為に窓の外へと目をやった。するとそこには エリティラの姿が見えた。  慌ててアルトワースはそこから目を反らそうとした。だが、出来なかった。  そこにはエリティラだけでなく、エンビスの姿もあった。

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