6-2

 眠気を覚ますのが目的だったのでエリティラはどこへ行くともなく歩いていた。魔法使いの部屋の ある場所は人通りが多いとは言えないけれど、城の中だから誰かがいてもおかしくはない。だから 部屋からそれほど離れていない場所で声をかけられた時も彼女はさして驚きはしなかった。 「エリティラ、まさかこんな所でお逢い出来るとは。これも運命のお導きだろうか」  両手を広げ、大袈裟に言うエンビスを見てエリティラは少し安心した。この間の事で気を悪く しているのでは、と気にかかっていたのだけれど、こんな風にふざけながら陽気に話しかけてくれる ところを見ると怒ってはいないみたいだ。 「こんにちは、エンビス。私の部屋はすぐそこだもの、この辺りにいて当たり前じゃない。それを 運命だなんて面白いことを言うのね。あ、それともまさかまた剣をどこかに置き忘れたの? それで こっそり探してほしかったのかしら?」  くすくすと笑いながら彼女が答えると、エンビスもまた嬉しそうに笑って答える。 「嫌だなぁ。剣はこの通り、ちゃんと腰につけていますよ。そうではなく、貴女に逢いに行けなくなって 寂しかったと言っているんです」  ふと、エンビスの表情が真剣になった。 「貴女に逢えて、嬉しいと」 「え?」  近づいてくるエンビスにエリティラは驚き、後ずさった。しまった。彼が好意を寄せてくれている 事には気がついていたのに今までそれを言葉にしたり行動に表したりということがなかったから、 油断していた。  けれど今日のエンビスは違った。いつもの陽気なエンビスじゃない。心のどこかで警鐘が鳴っている。 「私が足しげく通ったせいで、ご主人にひどく叱られてしまったのではないのですか?」  さらに近づき彼女を見つめるエンビスからエリティラは思わず視線を逸らした。 「なんのこと? そんな事より……」  どうにか話題を他に持っていこうとしたけれど、エンビスは聞かずに語りかけてくる。 「分かっているのです。こんな風に貴女に逢えば迷惑をかけてしまうと。けれど逢わずには いられなかった。ええ、正直に言うとこの辺りにいれば貴女に逢えるのではないかと暇を見ては うろついていました。せめて遠目でも姿を見る事が出来ないかと……」  堰を切ったようにエンビスは喋りしながらエリティラへと近づいた。圧倒されながらエリティラは 後ずさった。気がつくと壁際に追いつめられていた。 「どうしてもっと早く、アルトワース殿より先に貴女に出会えなかったのか……」 「な、何の話をしているの?」  何とか逃げなければ、とエリティラはじりじりと壁際を移動した。けれど逃がさない、とばかりに エンビスが壁に手をつき彼女の動きを封じ込める。 「……貴女を愛しているのです、エリティラ。初めて貴女を見た時から貴女の事が頭から離れないの です」  エンビスは苦しそうに告白した。 「結婚したばかりという事は、もちろん分かっています。それで貴女か幸せそうだったなら、きっと この想いは閉じこめたままだったでしょう。けれど、夫婦仲は上手くいっていないのでしょう?  見ていれば分かります。今だって、目が赤い」 「これは……」  泣いていた訳じゃないわ、ただ、寝不足で……。  指摘され、そう言おうとしたけれど、言葉に出来なかった。夫婦仲が上手くいるとは、確かに 言えなかった。実際には二人はまだ本当の夫婦ではない。見る人が見ればその不自然さに気づいて しまうのだろう。  うつむき言いよどむエリティラの手を、エンビスが優しく包み込んだ。 「エリティラ、どうか笑ってください。私で良ければ貴女を笑顔にさせる役目をおわせてください」  彼は彼女の手を引き寄せ、その甲に口づけようとした。 「嫌っ」  反射的にその手を振りほどき、エリティラはその場を逃げ出した。  エンビスの事は嫌いではない。嫌いではないけれど、ゾッとした。友人以上には思えなかった。 そういう関係になりたいとは思えなかった。  走りながらエリティラは隠れる場所を探した。角を曲がり、エンビスから見えない場所に来ると 慌てて気配消しの魔法をかけた。彼に見つからないように。

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