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 優しい口づけだった。まるで今のやりとりなど無かったかのような。アルトワースの態度の変化が 理解出来ずエリティラは混乱した。けれど彼女を深く求めるように変わってきた口づけに、身を固くした ままだったエリティラもやがて身をゆだね、彼女もまた彼を求めた。  二人の間に灯った炎はみるみる燃え上がった。今度こそ邪魔が入らぬようにと扉に鍵をかけ、二人は 寝室へと足を向けた。  先程の情景が甦り、二人の身体が熱をおびる。どちらからともなく再び唇を重ねた。アルトワースの 手が彼女の頬を包み、それから首筋、肩へと滑りおりていく。  エリティラもまた彼の背中に手をまわし、彼の身体に無意識に身体を押しつけていた。服の布地を 通して互いの体温が伝わってくる。服など通さずに直にその体温を感じたい。そんな思いが二人を 支配する。  幾度か唇を重ねた後、アルトワースは己の服を脱いだ。エリティラはその間頬を染め、彼の身体に みとれていた。  自分も脱がなければと思い、気恥ずかしさから後ろを向いてボタンに手をかけた時、後ろから 抱きしめられた。驚き振り向こうとするとこめかみに優しいキスが降りてきた。  胸元のボタンが彼の手ではずされる。うなじに首筋に彼の唇を感じてエリティラは吐息を漏らした。  彼の手がスルリと彼女の肩から服を落とす。反射的にエリティラは服を掴み、胸元へと引き寄せた。 「恥ずかしがることはない」  彼女の肩へと唇をはわせながら彼はつぶやいた。その言葉にますます頬が熱くなるのを感じながらも エリティラはそろりと服を下ろした。そして振り向き、アルトワースを見上げた。  アルトワースもまた彼女を見つめ、それから抱えあげると彼女を寝台へと横たえた。  それはとても甘い時間だったとエリティラは感じた。彼の手に唇にくまなく身体に触れられ、彼女も また彼を感じようとした。彼女の名を呼ぶアルトワースの声は低く甘く、エリティラも彼の名を幾度も 呼んだ。  愛してるという言葉こそなかったけれど、エリティラはそれに愛を感じ、彼女もまた惜しみなく愛を あたえた。  二人がひとつになった時エリティラは、これまでで一番の幸せと喜びを感じていた。  幸せなまどろみの中、アルトワースが起きあがり衣服を身につけている気配でエリティラは目を 覚ました。  もう少し一緒にいたいのに。彼を素肌に感じていたいのに。けれど、まだ夜ではないのだから いつまでも寝台にいるわけにもいかないわよね。  エリティラは少し寂しく思いながらゆっくりと身を起こしシーツを身体に巻き付けると、床に落ちた 服へと手を伸ばした。  彼女が服を身につけると、それを待っていたかのようにアルトワースが言葉を投げつけてきた。 「私にかけた魔法をとけ」  冷たい声に驚いてエリティラは彼の顔を見ようとした。けれど、彼はこちらに背を向けたまま彼女を 見ようともしない。 「アルトワース?」  つい先程まで甘い時間を共有していたはずなのにどうしてアルトワースの態度が急に変わったのか 分からずにエリティラは戸惑った。  彼に触れようと手を伸ばした途端、彼は振り向きその手を払いのけた。 「もうその手には乗らない。さあ、今すぐに魔法を解け」  ひどく冷たい眼差しを向けられて、夢から覚めた。  愛されていると思ったのは私の勘違いだったの?  アルトワースの態度がそれを物語っていた。冷たい目のまま威圧的に彼女を見下ろしている。  エリティラはひどく悲しくなった。けれど涙を彼に見せたくなかった。深呼吸して涙を飲み込むと、 エリティラはアルトワースを睨みつけた。 「魔法なんてかけていないわ。だけど貴方は魔法にかかってしまっているようね」  わたしがそんな魔法を知っていると思いこんでしまう魔法に。そしてそんな魔法を私が騙してかけると 思っている。  出会ってからそんな魔法は知らないと何度否定しても信じてはくれなかった。やっと少し心が通じ 合ったと思ったのに。彼はわたしの事など信じていなかった。  なのにわたしは、いつの間にか彼を愛してしまっていた。それに気がつかなければこんなにつらく なかったのに。  愛している人から否定されて、どうやって生きていけばいいの?  アルトワースが何か言いかけるのを押しとどめるようにエリティラは言葉を放った。 「その魔法を解きたかったけれど、わたしには無理なのね?」  悲しげに微笑む彼女にアルトワースは言葉を失った。  これも魔法の効力なのか?  今までどんな相手が泣き叫ぼうと、己の意見を曲げることなどなかった。だが今、エリティラの 悲しそうな瞳を見ているだけで理由など分からぬままに彼女に謝罪し、慰めたくなる。それどころか 彼女の足下にひれ伏し、すがり、許しをこうことさえ頭をかすめる。  そんなばかな。  アルトワースは混乱し、動揺した。  やはりこれは魔法なのだ、なんとか解かなければと思う反面、魔法にかかっていようがいいじゃないか そんな事より彼女の悲しみを取り除く事の方が先だ、とも思う。  今までこんな風に感情が混乱した事などなかったアルトワースは、エリティラの言葉に返事も出来ず 彼女が部屋を出ていくのを見送った。

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