6  日曜日、いつもより一時間も早う目が覚めた。学校の日はいくら起こしても起きんほに、遊びに 行くときだけは早う起きるんかねっておかあさんにイヤミ言われてしもうたいね。やけど昨日あんなに 寝付けんかったそにこんなに早う起きれて、しかも全然眠うないんにはうちもびっくりした。  時間はまだまだ余裕あったけど、ちゃきちゃきご飯食べて念入りに歯を磨いたり顔を洗ったり。 そんで服を着替えて髪を整える。けど、なかなか髪型が上手ういかんで何回もやり直した。  それから服に変なゴミやらしわやら付いてないかチェックして、普段は使わんようなきれいな ハンカチを用意して。  なんだかんだと色々手間取ったけど、九時半には支度を終えてうちはそわそわとタカキを待った。  ドキドキする。十時って分かっちょるほに、まだ十時になっちょらんそにまだかまだかと時計を 眺めたり、もう一度鏡を覗いたり。  気持ちを落ち着けようとテレビをつけたけど、見てもいっちょん頭に入ってこん。まだあと十五分も ある。  ああ、そうだ。今のうちにトイレに行っちょこう。タカキは幼なじみで、今まで遊びよっても割と 平気で途中トイレに行きよったけど、さすがにデートなほいトイレに行きたいって言えるかどうか。  そんなこんなしちょって、さあそろそろ時間じゃろうと時計を見たけど、まだ十分前。五分しか たっちょらん。けど、もしかしたら早めにくるかもしれんと思って玄関で待つ。  じゃけどなんもない玄関で待っちょると、ますます時間がようたたん。それでもじっと待ってやっと 十時になった。  もう時間じゃけぇタカキが来るじゃろうと、外に出て待つ。背伸びしてタカキんちの方を見るけど、 まだ姿が見えん。  待ち合わせの時間、間違えちょらんよね?  なんか急に不安になった。ばかみたいじゃけど、全部夢やったんじゃないやろうかって思うてしまう。 いんにゃ、そもそも妖精が出てきて魔法かけてくれるなんて、夢やないほうがおかしいやん。  そんな考えが頭の中を回り出す。じゃけえ、道の向こうにタカキの姿が見えた時、ぶちほっとした。 「タカキ」  手を振って、駆け寄る。タカキもうちに気が付いて、小走りになる。 「家で待っちょりゃええほい。あれ、もしかして俺遅れた?」  ちらりと時計を見るタカキ。 「違うよ、うちが待ちきれんかったほ」  うちの言葉にタカキは嬉しそうに笑うたん。 「そっか、じゃあ行こうか」  手を差し出すタカキ。ドキドキしながらその手を取ってうちも歩きだした。  今日は日曜日やけぇ、水族館は混んぢょった。 「迷子になんなよ」  うようよおる人混みん中で冗談っぽく言いながらタカキがつないだ手に力を込める。 「うん」  うちも、その手をぎゅっと握った。毎日学校の行き帰りに手をつなぎよるけどそれはあんまし人の おらん所でやけぇ、こんな風にいっぱい人がおる所で手をつなぐんは初めて。ドキドキが大きゅうなる。 「暗いけぇ、足下気よつけぇ」  タカキが優しく声をかけてくれた。なほに言われようそばからつんのめって、こけそうになって しもうた。 「ほんとお前、おっちょこちょいっちゃのう」  笑いながらタカキがからかう。じゃけど、ちゃんとうちをかぼうて支えてくれもした。おかげで、 ぐっとタカキとの距離が近うなる。こまい頃はベッタリくっついちょっても全然平気やったほに、 こんな近うタカキがおると思うと心臓がバクバクゆうて顔が上げられん。 「知っちょる人、おらんとええね」  なんか言わんと、と思うて出たんがこれじゃった。もちょっと気の利いた話が出来たらええそに 思いつかん。  けど、考えてみたら地元の水族館なんじゃけぇ、誰かと会うかもしれん。そしたらこんな風に 手ぇつないぢょれん。  ほんとに知っちょお人がおらんかったらええほにな。  そう心の中で思うた。  タカキもおんなしように思うたんか、握っちょる手にきゅっと力を入れる。 「こんだけ人がおったら誰かおっても分からんじゃろ。薄暗いしの」  少し照れたようにタカキが笑うた。  うん、そうじゃね。うちもタカキの手をぎゅっと握り返して、誰にもジャマされん事を祈った。  居心地のいい雑音の中、うちらは暗い館内をゆっくりとまわった。水槽の中の魚を指さして、 あれこれ喋りながら笑う。  手をつないぢょる以外はなんちゅう事もない、友達ん時と変わらん事しよるほい、ただそれだけで 嬉しゅうて楽しい。タカキが隣におるだけで、幸せで顔がにやける。  ずっとこのまま、今日が終わらんにゃあええほい。そねぇ思えるくらい幸せじゃった。  まんぼうの水槽の前に来た時、ふとタカキが言った。 「ふみか、これ見たがっちょったのう」  見上げるとタカキは、ちょっと淋しそうな目をしちょった。  たしかに、ふみかは前からまんぼうを見たがちょった。いつか三人で見に来ようねって言いよったん やった。 「うん、そうやね」  もう二度と前みたいに三人で遊べんのかと思うと、うちも淋しゅうなった。けど、タカキがおるけぇ。 タカキと恋人同士じゃけぇ、淋しゅうない。二人でいっぱい楽しい思い出作ろう。  そう思いながらうちが頷くと、タカキも淋しそうに笑いながら頷いた。 「いつかまた、三人で来れたらええほいの」  びっくりした。タカキはいつかまた三人で遊べると思うちょるん?  それと同時にその言葉になんかちょっともやっとした。  今日はうちらの初デートで、隣におるんは彼女のうちなそに、なんでただの幼なじみで友達ってだけの ふみかと三人で来たいっちゅうん? そりゃあ今までふみかと三人でずっと行動しよったけぇ、 淋しいっちゅうんは分かる。けどうちら今、ただ遊びに来ただけやないやん? デートなんよ?  目の前におるんは、今付き合いよるうちなんよ?  そう言いたかったけど、やめた。タカキはふみかをふってしもうた罪悪感があるけぇ思い出すと デートに集中できんそやろう。そんでうちも罪悪感があったけぇ、言えんかった。  それから水族館を見終わって、ハンバーガーでも食べようかっちゅうことになった。店内で食べるか 外で食べるか迷ったんじゃけど、海見ながら食べようかっちゅう事になって、お持ち帰りで二人分 買い込んだ。 「どっかええとこ空いちょるとええんじゃけど」  水族館近くの海辺をぐるりとまわってみる。けどやっぱぁ日曜日じゃけぇ、海辺のベンチは他の カップルやら観光客で全部埋まっちょった。 「神社の方に行ってみようや」  すぐ近くにある神社のほうをタカキが指さした。 「うん」  そこやったらそんな観光客もおらんじゃろうし、今日はなんの行事もないはずじゃけぇ空いとるじゃろ。  そんな事思いながらタカキに手ぇひかれて、神社へと続く階段を昇った。 「お正月以外で来たん初めてじゃ」  なんか新鮮な気持ちがした。  初詣ん時は人が多ぉてゆっくり上がるけぇ思わんかったんじゃけど、神社って結構高いところに あるけぇいっきに階段昇ったら、けっこうえらい。息がきれる。じゃけどその分、一番上まで上がったら 見晴らしが良うて気持ちが良かった。 「お、あそこ空いちょおぞ」  タカキが境内のすみっこにあるベンチを指さす。二人でそこに座って、しばらく無言でバーガーを ぱくついた。  水族館におる時は人がいっぱいおったけぇ、多少黙っちょっても気にならんかったんじゃけど、 ここはやたら静かなもんじゃけぇ沈黙が妙に気になりだした。  どうしよう何か喋らんと。  慌てて話題探しよったら境内や屋根の上に鳩がいっぱいおるんに気がついた。 「ここ鳩がおるんやね」  話すことが見つかって、ホッとした。  あれって神社に住み着いちょるんじゃろうか、それとも飼っちょんじゃろうか。 「あれ? 知らんかった? ここ、鳩のエサも売りよんぞ」  タカキが笑うて指さしたんは、初詣ん時にお守りとか売りよったちっさい小屋。今は閉まっちょる。 そんでその横をよう見たら、木箱が置いちゃってハトのエサ五十円ってマジックで書いちゃる。  へぇ、そんなんがあるんじゃあ。知らんかった。  感心してまじまじとそのエサ箱を見た。 「前、一緒に来んかったっけ?」  タカキが首を傾げながらそう言うた。けどうち、初詣以外でここに来た事なんかないんじゃけど。 「あー、そうか。あん時夏休みでお前田舎に帰っちょったけぇ、ふみかと二人で来たんじゃった」  タカキの言葉にびっくりした。そんなん初耳。ふみかと二人でここに来たん? 「そうなんじゃ……」  急に気持ちが暗うなる。  まだ付き合い始める前の話じゃし、三人で遊べん時はうちもふみかと二人やったりタカキと二人で 遊びよったけぇ、怒るんはおかしいって分かっちょる。じゃけど、タカキがふみかと二人でここに 遊びにきたんじゃあと思うと、なんかすごいもやもやした。  けど、タカキはそんなうちに気が付きもせん。 「あん時ふみかが鳩にエサやったんじゃけどさぁ。なんか鳩が飢えちょったみたいで、ふみかのやつ 山程の鳩に襲われてから、ひっかき傷だらけになってのぅ。慌てて下の商店街の薬局に駆け込んで、 消毒液買う羽目になったんちゃ」  楽しそうにタカキが喋りよる。 「じゃけどふみかのやつ、そんだけ鳩がお腹空かせちょるんじゃけぇかわいそうっちゅってのう、 またここに来て鳩のエサ買いよるんちゃ」  ほんとに楽しかった思い出なんじゃろう。目をキラキラさせながらタカキが教えてくれる。 「ふみからしいね」  低い声で答えた。  ねぇ、うちが不機嫌になっちょるん、気が付いてくれる?  けど、タカキは気がつかん。 「そうそう、ほんとふみかっちゃあお人好しじゃけぇの。結局四、五回鳩のエサ買ったいや」  笑いながら言うタカキの瞳が、なんか大事な思い出を語りよるみたいで嫌じゃった。  タカキは、その頃からもうふみかを好きじゃったんじゃろうか?  嬉しそうにふみかの事を話すタカキを見て、ぶち不安になった。  今はうちの事を好きになっちょるはずなほに。  胸が苦しゅうなってきた。なんか食べる気ものうなってしもうて、持っちょったポテトをもてあそぶ。 そしたらそれを見た鳩が一羽、チョコチョコとそばに寄ってきた。 「食べる?」  なんの気なしにぽいとポテトを放たったら、鳩は嬉しそうにつつき始めた。それ見て他の鳩も バサバサ寄って来て、ひとつのポテトを取り合いし始めた。 「おお? ケンカしよう。もいっこやろうか」  見ちょったタカキが笑いながら、自分のポテトを放たる。するとますます鳩がたかってきた。  ぼけっとそんなタカキと鳩を見ちょったら。 「うわっ? 鳩がっ」  いつの間にか手に持っちょおポテトの袋ねらって鳩がわさわさ来ちょった。遠くにいっぱいおるんは 見た事あったけど、こんな風にたかられた事なかったけぇびっくりした。どねぇしたらええんか分からん。 「なんしょんか、あみー」  大笑いしながらタカキがその様子を見ちょる。 「見ちょらんで、追い払ってぇねーっ」  腹立ち半分泣き半分でタカキに助けを求める。うちが手で払ったくらいじゃあ、飛びのいてもすぐ また飛んでうちの方に来る。  まだいっぱい残っちょおポテト狙ってわらわらうちの手やら頭やらにとまってくるもんやけぇ、 鳩の爪が痛いっ。 「バカじゃのう、ポテト向こうに投げりゃあええやん」  まだ笑いながら、タカキも鳩を払うん手伝うてくれる。  うちは慌てて言われた通り、ポテトを放った。そしたらいっせいに鳩はそっちに飛んでってしもうた。  あとに残ったんは、ボロボロになってしもうたうち。 「もおっ、ぐしゃぐしゃやんーっ」  泣きとうなりながら怒る。タカキはそれ見てまた笑いよる。なんで笑うん。 「ほんとお前はしょうがないのう。ほら、来いいや。下の薬局行くぞ」  笑いをこらえながらタカキが手を差し出す。その手を取りながら、ふみかん時もこんな風に手ぇ つないだんじゃろうかって邪推してしもうた。そんな自分が嫌んなる。じゃけど止められん。 「ええよ、血ぃ出ちょらんし。それより、ちょっとトイレ行ってきてええ? 髪とかくしゃくしゃに なってしもうたけぇ」  このままふみかとおんなし行動しよったら、どんどん嫌な風に考えるけぇ、違うところに行きたかった。 「あみもやっぱぁ女の子なんじゃのぅ。ふみかとおんなじこと言いよる。じゃあ俺、その間薬局行って 消毒液買うとくけん、行って来いーや」  タカキはうちの気持ちに気付きもせんと、笑いながらそう言った。

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