黄昏と暁の公園 その3  私の周りに味方はいない。誰もわたしを助けてはくれない。  絶望しそうな気持ちを、なんとか持ちこたえる。  どうにかして、かるくんと連絡を取らなくては。  せめてかるくんに、本当に好きだという事は伝えておきたかった。すでにわたしに婚約者がいるという 話はかるくんの耳に入っているかもしれない。それでもわたしが本当に好きなのは、愛しているのは かるくんだけだと伝えたかった。  外出する時に付いて来る人をどうにかして撒いてあの公園へと行こうとした。けれど撒いたと思って いたのにすぐに見つかってしまい、ますますわたしは監視されるようになってしまった。  夜中に家を出る事を試みて見つかり、その後はほぼ軟禁状態にまでなってしまった。  かるくん。かるくん。どうしよう。  焦りばかりが募る。  そしてかるくんの噂が耳に入ってきたのは、そんな時だった。  闇の一族の若者が光の一族の土地に無断で入ろうとしたらしい。  最初に届いたのはそんな噂だった。  きっとかるくんだ。かるくんがわたしに会いに来てくれようとしたんだ。  わたしも必死にかるくんに会わせて、話をさせてと両親にお兄様に、わたしを見張っている召使い達に 頼んだ。  だけど誰もその頼みを聞いてくれる人はいなくて、最後には「あんな危険な奴の事は忘れろ」と 言われた。  かるくんが危険? あんな優しい人が? 何を言っているの?  だけど次に飛び込んできたかるくんの噂は、耳を疑うものだった。  闇の王子が兵を率いて光の一族に戦いを挑んできた。  嘘、と思った。かるくんはそんな事をする人じゃない。わたしにかるくんを嫌いにさせる為に誰かが ついた嘘だ。  かるくんに会いたい。かるくんに会わなくては。  誰もわたしの頼みを訊いてくれないのなら、何もかもを捨ててでも、かるくんに会いに行こう。  わたしはそう、決意した。  大人しくしているフリをして、機会を伺う。  幾日かたつと、わたしが諦めたと思ったのか、ほんの少し監視の目が緩んだ。だけど慌てちゃダメだ。 次に失敗すれば、今度こそわたしは本当にどこかに閉じこめられてしまうだろう。  焦っちゃダメ。  待っててかるくん。必ず、会いに行くから。  わたしはどうすればかるくんに会えるか、頭の中で必死に計画を練った。  わたしが尋ねなくなったせいだろうか、かるくんの噂を教えてくれる人はいなくなった。だけど それでもわたしは尋ねなかった。かるくんがどうしているのかは気になったけれど、それを尋ねれば わたしが諦めていないとバレてしまう。  だから気持ちを抑え、気にならないフリをする。  わたしが大人しく、かるくんの話をしないでいると周りのみんなの態度も以前のように優しくなって きた。  そんな頃、両親からではなく召使いの一人から、衝撃の事実を聞かされた。 「明日はいよいよ、婚約披露パーティーでございますね。これで正式に姫様と若様の事が内外に 示されますわ」  おめでとうございますと、嬉しそうに笑顔で告げられる。  そんな話、聞いていない。いや、わざと聞かされなかったのかもしれない。  だけど大人しくしている間に「いつか使うためのドレス」や「その内使うための靴」その他もろもろを 作る為にサイズを測りに来られたのも事実だった。  かるくんの事を気にしてないフリや、抜け出すためのタイミングを推し測るのに必死で、それが なんの為に使われるのかなんて考えていなかった。  再び焦りが生まれる。焦っちゃダメと思うものの、これが大々的なパーティーなのだとしたらきっと、 かるくんの耳にも入るはず。そう思うと居ても立っても居られない。  抜け出さなくっちゃ。明日、パーティーが開かれるというのなら、大勢のお客様でわたしから目を 離すはず。  ああでも、明日の主役のひとりはわたしなのだとしたら、お客様が皆、わたしを見るはず。それに パーティーに出てしまえば正式に婚約が発表されてしまう。それはダメ。明日では遅い。  ならば今晩しかない。お父様やお母様がわたしにこの事を秘密にしていたのは、パーティーの準備で 忙しくてわたしを見張る者が少なくなっている事を悟られないようにする為かもしれない。  他の人達も寝静まった真夜中よりも、準備でバタバタしている時間の方が気配も紛れて気づかれ にくいだろう。  幸いな事に、明日に為に早めに就寝するようにと、両親に言われた。その時でさえ両親は「明日は 大事なパーティーがあるから」としか言わなかった。  そんな両親の仕打ちを悲しく思いながらもこの家を抜け出す事に頭を集中させる。  言われた通り早めに自分の部屋へと戻ったわたしは寝間着に着替えたフリをして部屋の明かりを 落とした。  少し間をおいてから、静かに廊下へと続く扉に手をかける。案の定ドアには外から鍵がかけられて いた。一度夜に抜け出して以来、ずっとそうだった。  ベッドへと戻りわたしは細工を始める。ぱっと見わたしがベッドの中にいるように見えるように 枕やクッションで形を作る。ここ最近この日の為にわたしは、頭まで潜り込んで寝るようになっていた。 だから誰かが様子を見に来てもまた頭まで潜り込んで寝てるなと思うはず。  細工が終わるとわたしは隠しておいた服を取り出し着替え始めた。  昔、お兄様が泊まりで遊びに来られた時に忘れて帰って返しそびれていた服。運の良い事に今の わたしにほぼサイズが合っていた。  それから髪をまとめ、男の子の物に見えるよう作り替えた帽子を目深に被る。昼間に見ればそれが 女性用のつば広帽をハサミで切って作ったとすぐに分かるだろうけど、夜の闇の中なら男の子の キャップに見えない事もないだろう。  そうして準備を終えるとわたしはこっそりとベランダへと出た。  こんな冒険は初めてだった。ベランダの手すりを越え、隣のベランダへと移る。手元が暗くて怖いと 思う反面、暗くて良かったとも思う。見つかりにくいというのはもちろんだけど、もしこれが昼間の 明るい時だったら、きっと下が見えて怖くて足がすくんでしまっただろう。  隣の部屋から廊下に出て屋敷を抜け出すか、このままベランダ伝いにどこからか下に降りるか迷った けれど、このまま行く事にした。  廊下に出れば明かりがついてる分、わたしだとバレやすいと思ったから。  とりあえず、行ける所まで行ってみる。と、途中で飛び移れそうな木の枝がある事に気づいた。  飛べるかしら?  ベランダから身を乗り出し手を伸ばせば細い枝には手が届く。だけど問題は、その枝ではわたしの 体重は支えきらないだろうという事。  だけどその少し下に、わたしが乗っても大丈夫そうな枝が張り出している。  あまり躊躇している暇はない。わたしはその細い枝を頼りにしながら太い枝へと飛ぶ決意をした。  結果は、成功とも失敗とも言えなかった。太い枝へは飛び移れなかったけれど、細い枝を持っていた おかげで地面に叩きつけられずに済んだ。  バキバキと音を立てて枝が裂け、折れてしまったけれど、ちょうど真下にあった灌木の茂みに落ちて 怪我はスリ傷だけで済んだ。  ともかく、地面へは降りられた。落ちたのは怖かったけれど、なんとか悲鳴をこらえた。足が 震えてるし、すり傷は痛いけれど、音に気づいた誰かがここに来てしまう前にとにかくここを 離れなければ。  出来るだけ暗がりの、知っている場所へと足音を立てないようにしながら走る。  待っててかるくん。今、行くから。  かるくんはもう、婚約の事を知っててわたしを許してはくれないかもしれない。それでも直接会って 話をしたかった。誤解を解けるなら解きたいし、許してもらえなくてもちゃんと話をして謝りたい。 こんな事になってしまったけれど、好きなのは、愛しているのはかるくんだけだと伝えたい。  突然、人の気配を感じた。慌てて立ち止まり、身を隠そうとしたところで誰かに手を引かれ、口を 塞がれた。 「見つかったのか」  押し殺した、低い声。複数の人の気配。  わたしを捜しに来た召し使いたちではない。ではこの者達は?  恐怖を覚えながら必死で目を凝らすけれど、黒い服を着たその人達の姿はまるで闇に溶け込んで しまっているかのように見えなかった。 「見つかったわけではないようだ。たまたま夜遊びしようと抜け出した小僧だろう」  わたしはその言葉にコクコクと頷く。この人達はわたしを捜しているわけじゃない。ならば 見逃してくれるかもしれない。 「放してやれ」  信じてくれたのか、誰かがそう言いわたしを捕まえてくれていた人が手を放してくれる。  ホッとしながら、でもこの人達に関わっちゃいけない気がしてわたしは逃げるように走り出した。  その背後から、声が聞こえる。 「殺れ、日狩」  え?  届いた言葉に驚くと同時に振り向き、わたしは目の前に捜していた人を見つけた。 「か…」  大好きな彼の名を呼ぼうと口を開いた途端、胸に熱が走った。 「る」  とても冷たい目で、わたしを見下ろしている。  一瞬遅れて、かるくんに胸を刺された事を理解した。 「くん」  彼へと手を伸ばすけれど、届く前に膝がくずおれ、身体が傾く。その拍子に帽子が落ち、まとめて いた髪がほどける。  かるくんの驚く顔が目に入ってきた。 「みっかっ?」  慌ててわたしを抱き上げ、顔を覗き込む。  かるくんに会えた。それが嬉しくてわたしは微笑む。  色々と話したい事があるのに、口からは言葉ではなく血があふれ出て、上手く喋れない。 「みっか、なんで。みっか」  かるくんがわたしの名前を呼んでくれる。その事が嬉しい。  だけどかるくんが悲しそうな顔をしている。それは悲しい。  抜けていく力を振り絞り、かるくんの頬へと手を伸ばした。  泣かないで。  そう言いたかった。  伸ばした手を、かるくんが取ってくれる。  かるくん。貴方が好きよ。大好き。愛してる。  そう伝えたいのに伝える事が出来ない。  かるくんが何か言っている。だけどそれも聞き取れない。  目の前も、だんだんと霞んで暗くなっていく。  上手く息が出来ない。  かるくんが何故、こんな所に他の人達と一緒にいるのかとか、そんな事はどうでも良かった。  かるくんにまだ伝えていない。わたしの一番好きなのはかるくんだって。  もうかるくんが見えない。声も聞こえない。それでも分かる。かるくんが悲しんでいる。  悲しまないで、かるくん。悲しまないで。  わたしはかるくんが、一番好きだから。  大好きだから。

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