さっきまで話をしてたのに、突然彼がいなくなっちゃった。 その1  目が覚めてもやっぱり、そこは見慣れない部屋だった。  ため息をつき、昨日の夜の事を思い出す。  晩ご飯は見慣れない料理だったけど、それなりに美味しかった。 「これ、クロモが作ったの?」  首を傾げ訊いてみると、クロモはコクリとうなづく。 「他に誰が作る」  その声は冷たく聞こえるけれど、きっと悪気はないんだろう。 「そういえばそっか。わたし達以外、誰もいないもんね。けどそれなら、これからはわたしが食事とか 作った方がいいの?」  わたしの質問にクロモは、食事をしていた手を止め短く言った。 「いや、いい」  そして食事を再開する。わたしはというと、昔から「喋るか食べるかどっちかにしないさいっ」と 怒られてたのも忘れて、モグモグ食べながら話しかける。 「え、でもわたし、お嫁さんのふりしなきゃなんでしょ? こっちの世界じゃ家事ってお嫁さんの 仕事じゃないの? それに、もしそうじゃなくてもお嫁さんのフリしてるって言ってもたぶん、ほぼ ただの居候になっちゃうと思うから出来る事くらいはお手伝いしたいんだけど」  だけどクロモは何も言わず、ただ首を振る。 「あ、もしかして食事中に喋るのダメなタイプ? ゴメン。わたしお喋りなほうだからさ、ダメって 言われてもついつい喋っちゃうんだよね。会話もひとつの調味料っていうの? 楽しく会話しながら 食べた方が美味しいかなって。けど『それにしてもあんた喋りすぎ』ってよく言われてたから、 うるさかったら遠慮せずに言ってね?」  学校でも時々「それだけ喋りながらよく食べられるね」って呆れられてたのを思い出す。けど それでも学校では女の子同士で食べてたんで、みんなもけっこう喋ってたんだけど。  謝ったわたしにクロモは首を振って、再び食事の手を止めた。 「喋るのは、かまわない。が、返事は出来ない」  そこまで言って食事をまた始める。  ひとまず喋るのはかまわないって言われてホッとしたわたしは、美味しく食事を頂きながらクロモに 話しかける。 「そっか。クロモは食べながら喋るの、苦手なんだね。うん、分かった。だったらクロモは うなづいたり首振ったりの返事でいいよ。それじゃ伝わらない事があったら食事終わってから 言ってくれたんでかまわないし。あ、けどほんとにうるさい時は言ってね。気をつけるから。でさ、 さっきの続きなんだけど、やっぱりただのお姫様のフリしてるだけってのは気が引けるんだ。だって あんまりここ、人来ないって言ってたでしょ? だったら普段はお姫様のフリしなくていいわけだし。 まあここに来たのはクロモのせいなんだけど。それでもここに居る間は養ってもらう立場になる わけだから、何かお手伝いしたいかなって。……あれ? クロモ?」  食事をしながら黙って聞いていたクロモが、なぜか手を止めうつむいてしまった。 「ゴメン、やっぱうるさかった?」  やっちゃった、とわたしは愛想笑いをしつつクロモの顔を覗き込もうとする。だけど食事中もフードを 被っている彼の表情は、やっぱり分かりにくい。  クロモはゆっくりと首を振り、そして深くため息をついた。 「いや、すまない。君の言う通り、ここに君がいるのは俺のせいなのだから、気を使う必要はない」  低い、冷たい声。というより、落ち込んでる声? しまった。 「ゴメン。その、クロモを責めようと思って言った訳じゃないの。そうじゃなくてね、何かお手伝い してたほうが退屈しないですむかなって。それにお嫁さんのふりするんなら、突然誰かが来た時も何か 家事してた方がそれっぽく見えるんじゃないかな。そう思っただけなの。だからその、ごめんね。 『せい』なんて言っちゃったけど気に病まないで、ね?」  焦りながら説明する。そりゃあいきなり異世界に連れて来られて不安だし出来るならすぐに帰りたい けど、帰る方法が見つかるまではクロモに協力するって決めたんだもん。もうクロモをネチネチ責める つもりはない。  わたしの言葉をどう受け取ったのか、クロモは今度は小さく息をついた。ホッとしてくれたんなら いいんだけど。 「家事は、ひとまずはいい。姫は家事などした事なかっただろうから」 「そういえばそっか。お姫様だもんね。これまでそういうのは全部召使いがしてたはずだよね。けど そしたらわたし、何をしたらいいのかな? お姫様がしておかしくなくて、クロモのお手伝いに なる事……」  お姫様になんて縁のないわたしは何をしたらいいのか思いつきもしない。そんなわたしの質問に クロモはじっと考えているようだった。 「あ、ゴメン。食べて食べて。答えるのは後でいいからさ」  クロモの食事の手が止まっているのに気づいて慌てて言った。わたしの方は喋りながらでも平気で 食べてたからすでにお腹いっぱいだったりするんだけど、クロモの方はまだ半分くらいしか食べて ないんじゃないだろうか。  ちょっと申し訳なくなってわたしは立ち上がった。 「食器下げてくるついでに、お茶でも入れてくるね。キッチンこっちだよね」  自分の食器を持って、クロモが食事を持って来た時に使ってた扉の方へと向かう。 「いや……」 「いいからいいから。クロモは食べてて」  何か言いかけたクロモに笑顔でそう言って、キッチンがあると思われる扉を開けた。

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