すっごく綺麗な女性が突然訪ねて来たんですけど? その3  こういう場合は、クロモに頼るべきだと思うの。わたしは口がきけない設定だし、ミシメさんは クロモのお姉さんなんだし。  そう思ってクロモを見た。けど、フードを深く被ったクロモが、わたしの視線に気づいてくれたか どうかが分からない。  それどころかミシメさんがじっとわたしとクロモを見比べ言う。 「訊いてもいいかしら。どうして彼女に魔法をかけているのかしら」  ええ? わたしが声が出ないように魔法をかけられてるのが、バレてる? ていうか、そういう のって分かるものなの?  びっくりしてクロモを見ると、クロモは深々とため息をついた。 「何の事だか分かりません」  しれっとクロモはそう答えたけれど、それがウソだってのはバレバレみたいだ。腕を組み ミシメさんはクロモをねめつけた。 「わたしの愛しいクロモちゃん。あなたいつからそんな嘘をつくような子になったのかしら」 「元からですよ。姉さんもそろそろ、帰ったらどうですか?」  冷たい言葉の応酬。こ、怖い。  けど、クロモは大丈夫なのかな。フードを被ってるとこんな冷たい言葉でも平気で言っているように 見えるけど、その奥の素顔はちょっと気弱で優しい感じだもんなぁ……。  やっぱりというか当然というか、お姉さんは帰る気なんてないみたい。 「わたしはその子の世話をしないといけないんですもの。ここにいるに決まっているでしょう?」  言いながらわたしの方へと向き直る。そしてミシメさんはわたしの前へ手をかざした。 「このくらいの魔法でしたらわたしでも解けますのよ」  にこり。ミシメさんが笑ったと同時に光の魔方陣が目の前に現れる。その端をミシメさんがつまむ 仕草をすると、パパパッと円の外側から順にその魔方陣は消えてしまった。  えーと、もしかしなくてもクロモのかけた『喋れなくなる魔法』が解けたって事だよね。うっかり 喋らないように気をつけなくちゃ。 「これでも白を切るつもり?」  ミシメさんは腕を組み、クロモを見る。どう答えるつもりなんだろう。  ハラハラしながらクロモを見ていると彼はボソリと呟いた。 「何の魔法か分からぬクセに」 「なぁんですってぇー?」  ピシリと青筋を立てたミシメさんが、手を上げ魔方陣を描き始める。 「かわいい弟だからと甘やかしすぎましたわね。反省なさいっ」  何の魔法を使おうとしたのか。 「無駄」  だけどクロモはミシメさんは魔法が発動する前に、その陣を解いてしまった。 「もう、クロモちゃんたら……」  腹を立て眉をしかめてはいるけど、ミシメさんは本気で怒っているわけではないようだった。  なんか、仲の良い姉弟なんだなぁと思ったら、なんか微笑ましくなってしまってつい頬が緩んだ。  それを見たミシメさんも笑みを浮かべ、話しかけてくる。 「ふふ。ごめんなさいね、びっくりしたでしょう。けどよくある姉弟喧嘩なの。慣れて頂戴ね?」  危うく「はい」と言いそうになって、慌てて口をつぐみコクリと頷く。危ない危ない。気を緩めたら 喋っちゃいそうだ。 「それで、なんの魔法をかけられていましたの?」  にこりと笑ってミシメさんはわたしに話しかけてくる。なんでわたしに?  慌ててプルプルと首を横に振ってクロモの方を見た。 「彼女は記憶喪失で口がきけないと、さっき言っただろう」  苛立つようにクロモが言う。  だけどミシメさんの笑顔は消えない。 「では別の質問をいたしましょう。本物のニシナ姫はどちらへいらっしゃるの?」  ミシメさんの言葉に、どっと冷や汗が流れた。バレてる?  わたしとお姫様は瓜二つなはずなのに、どうしてミシメさんは分かったんだろう……。  思わずクロモを見てしまう。けど、クロモは平然と言った。 「姫はここにいる。本物とはどういう意味だ?」  あくまでクロモはわたしが記憶を失ったお姫様で通すつもりらしい。  だけどミシメさんも負けるつもりはないらしい。 「甘いですわ、クロモちゃん。どんなに顔の作りが瓜二つとはいえ、個々の性格は顔に出るもの でしてよ。いくら記憶がないとはいえ、性格までコロリと変わるとは思えませんわ」  びっくりした。ミシメさん、お姫様の事知ってるの?  その事はクロモも知らなかったようで。 「姉さんが末姫様と知り合いだという話など聞いた事がない」  ポツリ呟く。 「ええ。知り合いではありませんわ。けれど色々なパーティーなんかに顔を出していますと、遠目に お目にかかる事などしょっちゅうですわよ」  にこり。ミシメさんは余裕の笑顔でクロモを見つめた。 「……遠目に見ただけでは姫の性格など分からないだろう」  それでもクロモは反論する。そんなクロモにミシメさんは「ふふ」と声に出して笑った。 「少なくとも末姫様はお小さい頃からとても身だしなみに敏感でしたわ。パーティー嫌いで近寄らな かったクロモちゃんは知らないでしょうけれど。ガーデンパーティーなどでは髪が風で乱れたと、 セットするために退席される事はしょっちゅうでしたのよ。そんな彼女がいくら記憶を失ったからと いってこんな御髪のまま人前でにこやかにされているなんて、ありえません」  ええ? わたしそんなに酷い髪してる?  慌てて頭に手をやり、とりあえず手櫛で髪を整えてみる。  けど、考えてみればそうだ。朝着替える時にブラシを見つけてちゃんと髪はといたけれど、その後 思いっきり走ったり水に濡れたり、ドライヤーなんて無いから布で拭いたきりでまだ髪は湿ってる。 きっと髪はバサバサだろう。  身だしなみを全く気にしないわけじゃない。けど確かに、四六時中鏡を覗いてないと落ち着かない タイプでもない。そしてこの部屋には鏡が無かったから、髪がバサバサになってるのに気が付かな かった。  とはいえ、幾ら色んな事があったからって女の子としてそれはどうなのよって思うと恥ずかしくて 顔から火が噴きそうだ。 「……これまで身の回りの世話は召し使いに任せていたのだろうから自分では出来ないだけだろう」  そうクロモはフォローするけれど。 「あー言えばこー言う……。パーティーの時のように美しく結い上げるのはまあ、確かに難しいかも しれませんけれど、普段過ごすために髪を整えるくらいは姫様だろうとご自分でされますわよ」  うん。それはわたしもそう思う。身だしなみを気にする人なら余計に簡単な事なら他人にして もらうのを待ってないで自分でやる事を覚えるよね。  わたしは目でクロモに訴えてみた。  完全にバレてるみたいだし、ミシメさんはクロモのお姉さんなんだから、本当の事言っても いいんじゃないかなぁ?  だけどクロモは気づいてくれない。というか、通じてなかった。 「通常ならそうだったのかもしれないが、彼女は崖から落ちて記憶を失ってるんだ。そんなものに 気が回らなくても仕方がないだろう」  そんな平行線の会話を続けている。 「クロモ!」  つい、声を出してクロモを呼んでしまった。  わたしがクロモの名前を呼んだのをきっかけに、結局ミシメさんには全部話す事になった。クロモは 深々とため息をついたけれど、わたしは味方が増えた気がして良かったと思ってた。  ミシメさんは、最終的には本当の事を話し出したクロモの言葉を真剣に聞きながら大きく頷いた。 「そういう事でしたら協力しますわよ。愛しいクロモちゃんと可愛いそのお嫁さんの為ですもの、 お任せなさい」  にこりと笑ったミシメさんの笑顔は、さっきまでの怖い笑顔とは違って頼もしく思えた。 「けど、わたし本当のお嫁さんじゃないんですけど、良いんですか? もちろん協力して下さるのは とても嬉しいしありがたいですけど。その、わたしはフリをしているだけで、クロモの本当の お嫁さんじゃないから、ミシメさんがっかりしちゃったんじゃないですか?」 「あら、がっかりだなんて! 貴女は本物のお姫様ではないかもしれないけれど、身代わりで お嫁さんになってくれたんでしょう? そうそう、わたくしの事は是非『お姉様』と呼んでほしいわ」 「お、お姉様……?」 「まあぁっ。可愛らしいっ。わたくしずっとこんな可愛い妹が欲しかったんですのっ。もちろん クロモの事もとても愛しくはありますけれど、妹と弟ではまた違いますものっ」  ぎゅううぅぅっ。  押しつぶされんばかりに抱きしめられて、ついジタバタしてしまう。  そんなわたしを助けてくれたのはクロモだった。 「姉さん。彼女が苦しがってるっ」  姉弟の気安さからだろうか、気軽に彼女の身体を掴み、わたしから引き剥がす。 「あらやだクロモったら、ヤキモチ妬かなくっても貴方の事もちゃんと抱きしめてあげますわよ」  言いながらミシメさんがクロモを抱きしめようとする。けどクロモはすかさずそれをパッと避けた。 「さすがクロモ。慣れてるんだね」  ついそう呟いてしまう。それにクロモは深い深いため息で答えた。 「クロモちゃんったらつれない……」  ミシメさんはしょんぼりとしてしてみせるけれど、クロモは一向に気にしていない。 「そういう事だから、他言無用で」  話を打ち切ってミシメさんを追い出そうとしているのが見え見えで、わたしは慌ててクロモを止めた。 「ちょっと待って。その、ミシメさんには色々聞きたい事とか……」 「お姉様!」  わたしが「ミシメさん」と呼んだのをにっこりと、でもキッパリと訂正される。 「あーえっと、お姉様に訊きたい事とかあるから……」  わたしの言葉にクロモはムッとしたように返す。 「分からない事はオレに訊けば良いだろう」 「え、あ、うん。でも……」  男性のクロモには訊きにくい事もいっぱいある。とか考えてたら、ミシメさんが横からギュッと 抱きしめてきた。 「ああ、やっぱり可愛らしいわ。お姉様になんでも訊いて頂戴」  語尾にハートマークのついているようなミシメさんを見てますますクロモがムッとした声になる。 「姉さんはもう帰れっ」  実力行使とばかりに光の魔方陣を描き出すクロモ。 「ちょっと待って!」  思わずお姉さんをかばうようにクロモの描く魔方陣へと手を伸ばしてしまった。 「な……」  クロモの驚きの声と共に光の魔方陣がフワリと消える。きっとクロモが消してくれたんだろう。 「お願いだから、お姉さんと二人きりで話をさせて。話が終わったらちゃんと帰ってもらえるよう 説得するから。いいでしょ? クロモ」  じっとフードの奥のクロモの瞳を見つめる。ミシメさんもわたしに任せてくれるように何も言わず じっと待ってくれている。  すると根負けしたようにクロモは深いため息をつき、吐き捨てるように言った。 「勝手にしろっ」  怒らせちゃった?  そう思うと悲しいけれど、それでもミシメさんと話がしたかった。 「あの、すみません。お姉さん」  場の雰囲気が悪くなってしまった事を謝るとミシメさんは優しく微笑んでくれた。 「あら、お姉様とは呼んで下さいませんの?」  冗談めかして言う。 「あ、つい。わたしのいたトコじゃ、普通の人はあんまり『お姉様』とは言わなかったもんだから。 あ、でもお姫様のフリするなら『お姉様』って呼ぶのに慣れてたほうが良いのかな?」  後半部分はほとんど独り言だった。だけど聞こえていたらしいミシメさんは、口元に指を当てて 考えるふうに言う。 「そうねぇ。王族の方々が必ずしも『お姉様』を使うわけではないけれど……。いいですわ。クロモも 『姉さん』と呼ぶんですもの。そのお嫁さんが『お姉さん』と呼んでも不自然ではありませんわ」  にこり。おじさんとかに見せていた威圧的な笑みではなく、親しみのある笑みをわたしに向けて くれる。  ほっとした。もちろんクロモの事もとっても頼りにしているけれど、その家族の、女性である お姉さんに頼れるってのはとっても心強い。  まだしばらくはいなければならないだろうこの世界に味方が増えて、心が軽くなった。 「ありがとうございます、お姉さん。これから色々とご迷惑を掛けちゃうと思いますけれど、どうぞ よろしくお願いします」  ペコリと頭を下げると、お姉さんはにこりと微笑んでくれた。

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