方向転換 その1  女性は全てを書き終えた後、シガツが全て読んだのを確認してすぐにそれを燃やして しまった。風の精霊が人間の文字を読めるのかどうかは分からなかったが、万が一を 考えて証拠を残さないようにしたかったのだろう。  精霊を恐れる気持ちはよく分かったのでシガツは黙ってそれを見ていた。そしてそれが 灰になるのを見届けてシガツは立ち上がった。 「ご馳走様でした。本当に助かりました。ありがとうございます」  深々と女性に頭を下げる。そして持っていた荷物の中からたいした金額ではないが、 お礼にとお金を差し出す。 「いいよいいよ。そんなつもりでご馳走したんじゃないんだから」  女性はそう言って遠慮するけれど、シガツはその手を引っ込めなかった。 「いえ、腹ペコのまま街まで歩いて行き倒れになりそうだったところを助けていただいた んですから。少なくて申し訳ないけど、どうか受け取って下さい」  言葉にしたのも本音だったし、もちろんフィームからカティルの首飾りを取り戻す為の 方法を教えてもらったお礼も兼ねている。女性もそれが分かっているのか遠慮がちに シガツに手を伸ばした。 「なんだかかえって悪かったねぇ。……もしまたこの近くに来ることがあったらぜひまた 寄っておくれ」  そう言って笑顔で手を振る女性に別れを告げ、シガツも手を振りながらその場を後に した。  しばらく歩き、人目につかない場所まで来るとシガツは空を仰ぎ口を開いた。 「ソキ」  すぐ近くで待機しているはずの風の精霊に呼びかけ、やって来るのを待つ。だけど 思っていた程すぐにはやって来ない。 「ソキ、いないのか?」  今度は先程より少し大きめな声で呼びかけてみた。もしかしたら声が小さくて聞き取れ なかったのかもしれない。  すると少しして、空から彼の精霊がやって来るのが見えた。 「どこ行ってたんだ?」  人から見えない場所にいろと言ったのは自分だ。それでも何かあったのではないかと 心配になってしまう。  シガツの問いにソキは不安そうな顔をして小さな声を発した。 「フィームがいたの」  それを聞いた途端シガツは背中にヒヤリと汗をかいた。  あの時の女性が機転を利かせて筆談にしてくれなければフィームに会話を聞かれていた かもしれない。  いや、今現在もソキとの会話を聞かれている可能性はある。カティルの首飾りの話題は 避けた方が良いだろう。  そんな事を考え言葉を紡げないシガツに気づいたソキは再び小さな声で言う。 「今は遠くにいるから、小さな声ならフィームには聞こえないよ」 「そうか」  ソキの言葉にホッとした。 「もし近くに来たら教えてくれ」 「うん」 「よし、じゃあ一回街に戻るぞ」  せっかくここまで来たのに街に戻ると言われ、ソキはきょとんとしてしまった。風の 精霊である彼女ならば、ヒョイとひとっ飛びの距離だけど、シガツが歩く事を思えば とても遠く感じた。 「なんで戻るの?」  昨日はあんなに首飾りを取り戻すんだと無茶をしてここまでやって来たのに。  このままフィームのコレクション置き場に行くつもりだと思っていたソキは訳が 分からず首を捻る。  そんなソキに「行くぞ」と告げシガツは歩き始める。その後ろを付いて飛びながら ソキはじっとシガツの答えを待った。 「街に着いたらカティルを捜すぞ。慌ててこっちに来たから、彼の居場所を知らないまま だろ?」  しばらくしてシガツがそう説明してくれた。そういえば、首飾りを取り返したところで カティルがどこにいるのか分からなければ返しようがない。 「うん。分かった」  何故急にシガツが首飾りを取り戻す前にカティルを捜そうと言いだしたのかは分からな かったけれど、気まぐれなのは風の精霊も一緒だ。気にすることなくソキはシガツの 意見に頷いた。  カティルを捜し出すのは容易ではなかった。街に買い出しに来ていたのは聞いていた けど、どこから来たのかは聞いていなかった。  そもそもシガツにはこの辺りの地理は詳しくなかったのだから、近くに幾つの村が あるのかどの村からこの街に買い出しに来る人がいるのかさっぱりだった。  仕方なく近くの村から一つずつ当たってみる。ソキもカティルの顔を覚えていると 言ったので、見つからないよう空からカティルの姿がないか捜してくれと命令した。  日中はカティルを捜し、夕刻に街外れの人気のない野原でソキと落ち合い報告を しあうのが日課になった。 「どうだった?」 「いなかったよ」  そんな会話が毎日の様に交わされた。  ある日、思い出したようにソキが言った。 「カティルって、ロバに荷物たくさん積んでたよね?」  そういえばそうだったと、シガツも思い出した。 「近くの村って言ってたけど、オレが思ってた『近く』よりは遠い場所から来てるのかも しれない……?」  ソキの指摘にシガツはそう考え直した。  次の日、同じように馬やロバを連れ買い出しに来ている人達に話を聞くと、運が 良かったのか呆気ない程早くカティルの住む村が見つかった。 「えらいぞ、ソキ」  街から離れ、ソキを呼び出した途端、嬉しくて誉める。  ソキはキョトンとしたが、すぐに弾けるように笑顔を見せた。 「カティル、見つかったの?」 「ああ、どこの村か分かった。今から行くぞ」  上機嫌で、足を踏み出す。ソキも嬉しそうにシガツの後ろに付いて飛んだ。

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