初めて伯爵様とお会いいたしました。  ダントン伯爵との顔合わせはそれからすぐでしたわ。カリーナ様が「絵姿に一目惚れ」 なんて言うものですから、不安で不安で仕方がありませんでしたの。  だってそうでしょう? わたくしはわたくしの絵姿を見ておりませんから、どんな ふうに描かれていたのかは知りません。けれどああいった絵姿はたいてい三割増しに 描かれるものでしょう?  あの後頂いた伯爵様の絵姿も、がっしりとはしていますが、ふくよかには描かれて おりませんでした。もちろん本当にお痩せになったのかもしれませんが、やはり絵師が そのように描き直したのでしょう。  それと同じでわたくしもきっと本当のわたくしよりも美しく描かれているに違い ありませんわ。本当に伯爵様が絵姿を見てわたくしとの婚約をお決めになられたの でしたら、きっとがっかりするに違いありません。  そんな不安を胸に抱きながら、わたくしは伯爵様と顔を合わせましたの。  伯爵様は、絵姿よりももっと素敵な方でしたわ。お身体の方は確かに、痩せた殿方と 比べるとふくよかでしたわ。騎士や兵士の方々と比べれば筋肉はありませんでしたし。 けれどわたくしは、痩せすぎの方や筋肉隆々の方達より伯爵様くらいの姿のほうが 好ましく感じましたの。  それに何より、伯爵様の美しい髪と瞳にトキメイてしまいましたの。  サラサラと、そして艷やかな射干玉色の美しい髪。そして満天の星空がその中に あるのではないのかと疑ってしまうような美しい瞳。  その二つが作り上げる伯爵様のお顔は、奇跡としか言いようのないくらい素敵に 思えましたの。  絵姿は本物よりも見た目良く描かれると言いますけれど、とんでもない! きっと 絵師は伯爵様の美しさを絵に写す事が出来ず、己の腕を恨んだことでしょう。  そんな具合にわたくしは、ひと目で伯爵様に恋に落ちてしまったのです。  だから忘れていたのです。  永遠にも思える一瞬、わたくし達は見つめ合いました。けれど伯爵様はすぐに わたくしに背を向けると、大きく息をついたのです。  頭をガンと殴られたようなショックを受け、わたくしは思い出しました。わたくしの 絵姿は、三割増しで描かれていただろうことを。  そして今、本物のわたくしを見てがっかりされたに違いないのです。  わたくしは唇を噛み締めました。  伯爵様は肩を震わせた後、自分を落ち着かせるように何度か深呼吸をして、再び こちらを向きました。けれど先程のようにわたくしを見つめることはありませんでした。  こちらを見てはいるのですが、微妙に視線がズレているのが分かりますもの。 「はじめまして、メリル嬢。この度我々は縁を結ぶ事になったわけだが、その前に少し 確認しておきたい。良いか?」  優しいとは言い難い声に、泣きたくなりました。けれど必死に涙を我慢してコクリと 頷きます。 「存じておるかもしれないが、私はパーティー等の賑やかな場所が好きではない。 そなたがパーティーに出る分は止めはしないが、私は付き添わないし我が家で パーティーを開くことも禁じる。よろしいか?」  先程より若干優しくなったお声に伯爵様を見上げましたが、伯爵様は視線をそらされ ます。  わたくしは伯爵様の言葉の意味を考え、ホッと致しました。少なくとも絵姿と違った からといって婚約破棄をされる事はないようです。 「わたくしも、そこまでパーティーが好きなわけではありません。お友達に誘われれば 行きたい時もあるでしょうが今もそう頻繁には行っておりませんから。……エスコート していただけないのは、少し残念ですけれど」  つい本音がポロリと出てしまいました。すると伯爵様はムッとしたように顔をしかめ、 わたくしに背を向けられました。  我侭な娘だと思われてしまったのでしょうか?  わたくしは慌てて発言を正そうとしました。けれどそれより先に伯爵様がおっしゃった のです。 「そちらにはそちらの矜持があるだろう。……年に一度で良ければ、そなたをエスコート しよう」  なんて優しい方なのでしょう。そもそも伯爵様は、わたくしと婚約していようと いまいと、人の集まりに出るのがお好きではないのです。それなのにそれを曲げて わたくしの為にエスコートして下さる約束をして下さるなんて。 「ありがとうございます。楽しみにしております」  笑顔でお礼を申し上げますと、またも伯爵様は顔をそむけられます。やはりわたくしの 顔があまりに絵姿と違いすぎて、見たくはないのでしょうか。 「それから……」  一呼吸置いて、伯爵様はおっしゃられました。 「酷なことを言って申し訳ないが、君との間に子供を作るつもりはない」

前のページへ 一覧へ 次のページへ


inserted by FC2 system