伯爵様が話を始められました。  ガウンを羽織り振り向くと、伯爵様は寝台の端に腰掛けておられました。  わたくしは少し躊躇いましたが、そのお隣に腰掛けさせてもらいました。触れる程 近くではなく、かといって離れすぎていない距離で。 「今から話す事は君には信じられないかもしれないが」  そんな前置きから、伯爵様は話し始められました。 「十歳の時に、頭を打って倒れた事があった。まあ、怪我自体は大したことはなかったん だが、その時に不思議な夢を見てね」 「不思議な夢、ですか……?」  伯爵様が十歳といえば十五年も昔の事。わたくしはまだ一歳になるかならないかの時 ですわ。そんな昔の夢がどう関わってくるのでしょう……? 「夢の中の私はここではない世界の住人で、物語が好きな青年だった。ある時出会った 物語の中に出てくる、ひとりの少女に……その、なんと言ったら良いのかな。その少女の 事を、とても気に入ったんだ」 「それは、夢の中の物語の少女に恋をしたということでしょうか?」  わたくしにも身に覚えのある気持ちです。  五歳で前世を思い出し、乙女ゲーの世界に転生したかと思いきや、時代が違うのか たまたま同じ国の名の違う世界だったのか……。  乙女ゲーのキャラたちが存在しないと知ったわたくしは淋しさを紛らわそうと色々な ロマンス小説を読みましたわ。その中にはとても素敵な男性の出る小説もあり、密かに 心ときめかせたものです。  ですからそのようなものかと伯爵様に尋ねたのですが。 「違う。恋ではない。……近いものはあったかもしれないが、それはない」  なぜかキッパリとそう言い切るのです。そして伯爵様は一度息をつき、話の続きを 始められました。 「その物語は本来女性向けの物語で、平民の女の子の恋物語なんだ。俺が好きだったのは 恋敵役の女の子で……あ、好きってそういう意味じゃなく」  自分で言って自分で慌てている伯爵様は、なんだか可愛らしく思えます。 「分かっています。気に入っているという意味の好きなのですね」 「そ、そうだ」  それにしても今伯爵様は「俺」とおっしゃいました。これまではずっと「私」でした のに。もしかして素が出てきているのでしょうか? 「えーとそれで、主人公の恋敵って事は当然、その子、サンローズは最終的に恋に破れて しまうわけで……」  サン…ローズ……?  聞き覚えのある名前に、わたしの頭の中がフル回転を始めます。 「それだけならまだしも、サンローズはその後色々とひどい目にあってしまうんだ」  伯爵様の声がわたしの頭の上を通り過ぎます。 「確かに嫉妬に駆られたサンローズは主人公のデイジーマリーに意地悪をしたりしたけど、 だからって罪人扱いされるのはあんまりだろう?」 「デジスト?」  あまりに聞き覚えのあるお話で、思わず口について出てしまいました。 「そう! デジスト。俺あのアニメ大好きで……。って、え?」  お互い目を見開いて、見つめ合います。  つまりは伯爵様も……。 「前世の記憶がお有りなのですね?」

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