伯爵様のお話は続きます。  『デイジー・ストーム』略して『デジ・スト』は、前世わたくしが好きだった 乙女ゲームで、舞台はこの国と同じ名前の国です。ええ。五歳の時に転生したと思って いた乙女ゲームですわ。 「うわ。君が転生仲間だなんて。ますます運命かよ」  真っ赤な顔をして頭を抱えた伯爵様がつぶやきます。 「あの。『デジ・スト』はアニメではなく乙女ゲーですわよね?」 「あれ? アニメ化したの、知らない? まああんまり評判は良くなかったけど」 「そうなんですの?」  乙女ゲーは大好きで幾つもプレイしていましたけど、アニメはそこまでチェックして おりませんでしたから、見損ねていたのでしょうか。 「そう。アニメは王子ルートをメインに他のキャラのエピソードも盛り込んだオリジナル だったんだけど、ワンクールなのにあれもこれもと取り込んでたからアニメから入った 人には訳分かんない感じで不評だったんだ」 「けれど伯爵様はそのアニメがお好きだったのでしょう?」  好きなゲームではなく好きなアニメとおっしゃったのだから。  伯爵様はわたくしの質問に「んー」と首を傾げられました。 「ごめん。その伯爵様ってのやめてもらえる? 形だけとはいえ夫婦になったんだからさ、 名前で呼んでよ」  言いながら笑みを浮かべるそのお顔は、真っ赤です。 「はい。えーと……。サウス様……?」  呼んだ途端、伯爵様…いえ、サウス様は顔を背けられ、ブルブルと震えておられます。 わたくし、何か間違えてしまったのでしょうか?  不安になったわたくしの耳に、サウス様のブツブツ呟く声が聞こえてきました。 「やっべ。マジ可愛い。どうしよ。俺コレ我慢出来んの? やっぱ伯爵様呼びで距離 作って自制心保ったほうがいい? ケドせっかくなら名前で呼んでもらいたいよな?」  ……。なんでしょう? なんだか聞いてはいけないような、でも聞けて良かったような 言葉がありました。  でも、ひとつだけ気が付きました。わたくしはサウス様にとって嫌ではないというより、 好みなのではないでしょうか?  けれどその考えに至って思い出しました。 「前世の話で逸れてしまいましたが、サウス様はどうしてわたくしと子を成すことが 出来ないのですか?」  元々はその話をしていたのです。  サウス様は深呼吸をされて落ち着かれてからわたくしに向き合いました。 「あー。興奮して言葉が乱れてしまった。すまない」 「夫婦になったんですもの。二人きりの時くらい素のままで構いませんわ」 「そういう君は、ほとんど変わらないね?」 「……そんな事はありませんわ。あんなふうに取り乱すことなど他の方の前ではありま せんでしたもの」  確かにサウス様の変貌ぶりは、凄かったです。けれど、前世の男性をある程度知って いたわたくしはそれ程ショックを受けませんでしたわ。 「そんな事よりも、何故子供を持てないのか、その理由をお話し下さるのでしょう?」  わたくしが詰め寄ると、サウス様は顔を赤くして上を向かれました。……ガウンを 羽織ってはいますが、近づけば胸の谷間が見えてしまうからでしょうか?  それでも顔を背けながらも時折チラリとサウス様の視線がそちらに向くのを感じます。  前世も近世も残念ながら男性経験は記憶にありませんが、そういう知識は女同士 ひっそりと交わされるものです。  ですからサウス様の好みからわたくしが外れていないと分かれば、その視線がそういう 意味で見られているというのも感じています。  なのに何故サウス様はわたくしとしたくないのでしょう?  じっと待っているとサウス様は躊躇いがちに口を開かれました。 「もう一度言っておくけど、サンローズへの思いは恋じゃない。まあ、初めて見た時は めっちゃ顔が好みで、カラーリングが金髪碧眼だったら言うことなかったににって 思ったりはしたけど」  言いながらチラリとわたくしの顔を見たサウス様のお顔は真っ赤です。 「……つまり、サンローズに操を立てていらっしゃると?」  面白くありません。実在しないキャラクターに負けるだなんて。  けれどサウス様はすぐに首を横に振りました。 「違う違う。……もしかして、気づいてない? まあ、ありえるか。何度も言うけど 間違ってもサンローズをそういう目で見てはない。ありえない。アニメを見てた時も どうにか彼女の想いを叶えて王子と幸せになってくれないかと思ってたくらいだ」  真面目な顔でわたくしに訴えかけます。 「わたくしが、何に気づいていないと……?」  いつまでも本題に入らない事にイライラとし始めますと、サウス様がそれはそれは 真面目なお顔でおっしゃいました。 「サンローズは、俺と君の娘だ」

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