謝罪 1  結局その日は女の子達とわいわい話した後、靴やその他身の回りの物を買うのでいっぱいいっぱいで クタクタになって帰ってきた。 「街の方はいかがでしたか、姫」  一足先に帰って来ていた戒夜が〈救いの姫〉達を出迎える。 「あ、はい。こんなにたくさんの物を、ありがとうございます。でも、良かったんでしょうか?」  行く店行く店で〈救いの姫〉だからという理由でお金を支払わずに品物を頂いてしまった。 いいのかなと思いつつ、お金を持たない〈姫〉はみんなを頼るしかない。 「だから気にする事ないって。みんな姫さんの事待ってたんだからさ」  剛毅にポンと背中を叩かれる。 「そうそう。ラッキーって貰っちゃえばいーんだよ」  にこにこと園比もそう言う。 「……はい、そうですね。ありがたく頂きます」  頼るしかないんだからここは感謝して頂こう。そして少しでも恩が返せるように〈救いの姫〉として 頑張ろう。  そう彼女は自分を納得させた。 「ともかくひと休みしましょう? あ、剛毅と園比はそのままその荷物、姫様の部屋まで運んで おいてね」  棗の指示に逆らうことなく二人は荷物を持って行く。〈救いの姫〉達はというと、そのまま 連れだって食堂へと向かった。  食堂に入るとそこにはすでに透見が席に着いていた。本を読んでいた透見は〈姫〉達が入って来た 事に気づき、顔を上げる。 「ああ、お帰りなさい皆さん」  みんなに向けられた言葉だったせいか、最初の時のような冷たさのない、やわらかな声で透見が言う。 「……剛毅さんと園比さんはどうされたのですか?」  ふと気づいたように呟く透見に棗が答える。 「今荷物を置きに行ってもらってるの。すぐに来るわ」  言いながら棗はお茶の支度をする為にキッチンへと向かってしまった。  透見と戒夜と〈救いの姫〉が取り残され、彼女はちょっと気まずさを感じた。  戒夜さんはあんまりお喋りじゃなさそうだし、緋川さんはきっとまだ、わたしと話したくは ないだろう。 「どうぞ姫。座られて下さい」  戒夜に勧められて、先程と同じ席に着く。  ふと、視線を感じて〈姫〉が顔を上げると透見がこちらを見ていた。  まさか彼がこっちを見ているとは思わなくて、彼女はつい視線を逸らしてしまった。  失礼だったかもしれないと胸の動悸を押さえながら、ゆっくりともう一度顔を上げる。  透見はもう、こっちを見てはいなかった。  気にし過ぎだよね。偶然こっちを見ていただけだったのだろう。 「あの、調べ物の方はどうでしたか?」  黙ったままってのも居心地が悪いので、二人に質問する。すると席に着いた戒夜が眼鏡を押さえつつ 口を開いた。 「残念ながら。姫に報告する程の事はまだ何も分かってはいないのです」  その言葉を引き継ぐように透見も口を開く。 「少なくとも、記録に残っている中で〈救いの姫〉が記憶喪失だったという記述のある物は ありませんでした。前例のない事ですので召還の仕方に何か問題があったのか、それとも別に原因が あるのかは分かりません」  目を伏せ、無表情のまま告げる透見。何を考えているのか分からない。けれどそれでも、自主的に 自分の質問に答えてくれたのは嬉しかった。少なくとも最初の時のようにトゲがない。 「そっか。前例が無いんじゃ、仕方がないよね」 「何々? 何の話してんの?」  〈姫〉が話したちょうどその時、バタンと扉を開けて園比が入って来た。その後ろから剛毅も続く。 「今日のところは収穫が無かったと報告していたんだ」  戒夜の言葉に剛毅も頷く。そこへ棗がお茶を入れて戻ってきた。  図書館での調べ物は空振りに終わり、透見は戒夜と二人思っていたより早い時間に館へと帰還した。  せめて館の本の中に何か手がかりになるものはないかと透見はそれらしいものを何冊か選び、開く。  いつもは落ち着く自分の部屋だが、なんだか今日は圧迫されるような気がしてその本を持ち食堂へと 向かった。  しばらく本を読んでいると、玄関の方からガヤガヤと人の気配が伝わってきた。皆が帰ってきたの だろう。  気にとめないように再び本へと目を落とすと食堂の扉がガチャリと開いた。 「ああ、お帰りなさい皆さん」  顔を上げ、声を掛けると〈救いの姫〉が少し驚いたような顔をして頭をペコリと下げた。  彼女に謝らなければと思いつつ、素直に言葉が出て来ない。剛毅と園比の姿が見えないのを言い訳に、 透見は話題をそちらに向けた。  やがて棗がキッチンへと消え、戒夜が彼女に席に着くよう勧める。その様子を目で追っていると、 ふと彼女と視線が合った。  途端に目を背けられる。  その行動に思った以上に胸がズキリとした。  これまでこちらが冷たい態度を取っていたのだ。目を背けられて当たり前だ。彼女の行動に ショックを受ける資格などない。  小さく息をつき、透見は再び本へと目を落とした。  全員そろったところで本日の〈姫〉達の報告になった。 「さすがは〈救いの姫〉様だよ。僕たちが街を案内する必要ないみたい」  にこにこと笑いながら園比が言う。 「もうこの街の道を覚えたのか」  少し驚いた様に、感心した様に戒夜が呟く。それに剛毅が首を振って見せた。 「覚えたんじゃなくて、知ってたんだ。来た事のないこの島の道や店をちゃんと知ってるなんて、 やっぱりさすがだよな」  朗らかな笑顔で〈救いの姫〉を見る。他の人達も彼女に注目していて、ちょっと恥ずかしくて 俯いてしまった。 「この島の地理を知っている……」  呟くような透見の声が聞こえた。 「しかも今現在の、ね。つい最近出来たショップの場所も当ててみせたもの」  棗がやっぱり嬉しそうにそう言っている。 「本当ですか?」  確認するような戒夜の呟きに〈救いの姫〉は顔をあげ、頷いてみせた。 「たぶん、この島の道はほとんど分かる。案内しろって言われれば、案内できるよ」  過去の記憶はないけれど文字は書けるのと同じように、この島の地図が彼女の頭の中に入っている。 「やっぱり本物の姫様は違うね。〈唯一の人〉もあっと言う間に見つかるんじゃないの?」  軽い口調で園比がそう言った途端、ガタリと音を立てて透見が立ち上がった。みんながそちらを見る。 「……」  何か言い掛け、透見は俯き頭を振った。 「すみません。気分が優れませんので、私はこれで失礼します」  そう言い、暗い顔をして透見は部屋を出て行ってしまった。  どうしたんだろう……? さっきまではそんな具合が悪そうには見えなかったのに。  透見が出て行った後、剛毅が眉をしかめ園比を見た。 「園比。あの言い方はないだろ」 「え? 僕何か変なこと言った?」  園比はなんで自分が叱られるのか分からない、というようにきょとんとしている。そして〈姫〉も、 何故園比が責められているのか分からなかった。確かに透見が立ち上がったのは、園比の発言の 直後だったけど、そんな透見が気を悪くする様な事は言ってないと思う。  〈救いの姫〉と同じように思ったのか、棗も不思議そうに口を開く。 「別におかしな事言ってないと思うけど……」  その言葉に園比は嬉しそうに笑う。 「だよね。僕何も悪いこと言ってないよねっ」  へへんと胸を張り、剛毅を見る。それに対して剛毅はちょっと顔をしかめた。  ケンカになっちゃわないかなと〈姫〉は心配になったけど、それを止めるように戒夜がピシリと言う。 「園比。剛毅も。姫の前だ、争いはよせ」  たぶん戒夜はみんなのリーダー的な存在なんだろう。その彼に言われて二人はピタリと言い争いを やめた。  だけど、ケンカはしてほしくないけど、わたしもどうして剛毅くんがあんな風に言ったのか 気になった。  だから恐る恐る言葉を紡ぐ。 「あの……。誰が良いとか悪いとかは置いといて、どうして剛毅くんは園比くんの言葉で緋川さんが 気分を悪くしたと思ったの……?」  だけど剛毅は〈姫〉の質問に目をそらし言葉を濁した。 「いや、あの……。理由はあるけど、透見のプライベートだから勝手には……」  その言い分に、ますます彼女は分からなくなる。  緋川さんの個人的な問題を勝手に喋れないってのは分かる。けど、さっき園比くんはそんな プライベートな話をしていただろうか……? 「なんかよく分かんないわね」  棗も同じように感じたのかそんな風に呟く。園比も何か言おうと口を開いたけれど、それより早く 戒夜が再び言った。 「この件は後程。今は姫の話を。姫、この島の地理は頭に入っているとの事でしたが、では懐かしい 場所や好きな場所、反対に近づきたくない場所など特別に思い入れのある場所はありますか?」  強引に話題を変えられ、ちょっと納得がいかなかったけれど、考えてみれば透見の機嫌より 〈救いの姫〉としての確認の方が重要だ。  ちょっと深呼吸して、考える。思い入れのある場所? 「特に、思いつかないな……」  確かにこの島の地理はしっかり頭に入っていた。だけど記憶を無くしているからだろうか、 これといって特別に思える場所なんて思いつかない。  〈救いの姫〉の言葉に少し考えるそぶりを見せた後、戒夜が口を開いた。 「では明日は私と透見と共にこの島を巡りましょう」 「え?」  びっくりしてつい声を出す。  戒夜さんはともかく、どうして緋川さんも一緒に? 「えー? まだ何も分かってないんなら、二人は調べ物の続きをするんじゃないのー?」  園比が不満そうに声をあげる。 「調べ物をしたところですぐに姫の記憶に関する記述が見つかる可能性は低い。それよりも島を 巡る事で姫の記憶を刺激した方が思い出す可能性が高いのではと判断したまでだ」  戒夜の冷静な声に、今度は剛毅が首を傾げる。 「けど今日の様子だと透見は一緒に行きたがらないんじゃないかなぁ?」  それはわたしも思った。というか、戒夜さんの言葉にびっくりしたのは緋川さんの名前が出てきた からだ。態度は和らげてくれたけど、きっと緋川さんはまだわたしと長い時間一緒にいたいとは 思わないんじゃないかな。  だけど戒夜さんはピシリと言う。 「〈救いの姫〉に関して一番詳しいのは透見だ。どこへ行けば姫の記憶を刺激できるか、一番分かる だろう」  その意見に対しては誰も反論出来ないのか、みんな黙ったままだった。だけど〈姫〉の顔をちらりと 見て棗が声をあげる。 「戒夜さんと透見の二人だけだと姫様が緊張しちゃいそうだから、わたしも付いて行くわ。 いいでしょ?」  正直、それを聞いてホッとした。  戒夜さんはちょっと厳しそうな人だし、緋川さんはわたしを避けてるっぽいし、そんな二人と 長時間いるのは確かに緊張したと思う。  そんな〈救いの姫〉の顔を戒夜も見ていたようで、静かに頷いた。 「まあ、棗一人ならいいだろう。だが園比と剛毅は空鬼の警戒に当たってくれ」  戒夜の決定に園比は不満そうにしていたけど、それでもそれ以上は反発せず頷いた。

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